第6話 戻るなら今のうちです

第六話 戻るなら今のうちです

 あなたを殺そうとした者たちについて。

 ディオン・ウェルヴと名乗った男は、確かにそう言った。

 あたしがここまで追い続けてきたもの。

 それについて話すために、この人はあたしを呼び出した。

 ようやく手が届いた。

 そう思う一方で、警戒を解くことはできない。

 あたしの前には二人の護衛が立っている。

 ディオンはそれを気にする様子もなく、空いている椅子へ視線を向けた。

ディオン「立ったままというのも何です。お掛けになりませんか?」

ノア「…………」

ディオン「護衛の方々も、そのままで結構です」

 武器を取り上げることもしない。

 あたしから護衛を離そうともしない。

 それが逆に不気味だった。

ノア「……分かりました」

 椅子へ座る。

 護衛二人はあたしの後ろへ立った。

 ディオンも向かいへ腰を下ろす。

 テーブルの上には茶が用意されていた。

ディオン「よろしければどうぞ」

ノア「飲むと思います?」

ディオン「思いません」

ノア「では、なぜ用意したんです?」

ディオン「何もないテーブルを挟んで話すというのも、少々寂しいでしょう」

ノア「…………」

 何なのだろう、この人。

 少なくとも、あたしが想像していた裏社会の人間とは少し違う。

ノア「質問しても?」

ディオン「そのためにお呼びしました」

ノア「あたしを襲った四人を知っているんですね?」

ディオン「はい」

 あっさり認めた。

ノア「あなたの仲間ですか?」

ディオン「仲間という言葉が適切かは分かりませんが、同じ側に属する者ではありました」

ノア「同じ側?」

ディオン「表では扱えない仕事を請け負う者たち、と申し上げればよろしいでしょうか」

 やっぱり。

 予想はしていた。

 それでも本人の口から聞くと緊張する。

ノア「暗殺も?」

ディオン「扱います」

ノア「盗品は?」

ディオン「物によります」

ノア「密輸」

ディオン「同じく」

ノア「情報」

ディオン「むしろ、そちらは主要な商品ですね」

 老人から聞いた話と重なる。

 個人ではない。

 もっと大きな何か。

ノア「組織なんですね」

ディオン「そう考えていただいて結構です」

ノア「名前は?」

ディオン「今は必要ありません」

ノア「…………」

 全部話すつもりではないらしい。

ノア「あなたは、その組織の人?」

ディオン「はい」

ノア「どのくらい偉いんです?」

ディオン「随分と直接的な質問ですね」

ノア「遠回しに聞く意味があります?」

ディオン「ありませんね」

 少しだけ、ディオンの口元が緩んだ。

ディオン「ある程度の人員を動かせる立場、とだけ」

ノア「幹部?」

ディオン「ご想像にお任せします」

ノア「否定しないんですね」

ディオン「嘘をつく必要もありませんので」

 答えているようで、必要以上のことは言わない。

 話しにくい相手だ。

 でも。

ノア「では、一番聞きたいことを」

ディオン「どうぞ」

ノア「あたしを殺すよう命令したのは、あなたですか?」

ディオン「いいえ」

 即答だった。

ノア「では誰です?」

ディオン「それについては、お答えできません」

ノア「どうして?」

ディオン「組織にも守るべきものがありますので」

ノア「その組織は、あたしを殺そうとしたんですよ?」

ディオン「はい」

ノア「なのに、あたしには何も教えられない?」

ディオン「お気持ちは理解します」

ノア「便利な言葉ですね」

ディオン「よく使われる理由がございます」

 腹が立つ。

 でも、この人が感情的にあたしを馬鹿にしているわけではないことも分かる。

 だから余計にやりにくい。

ノア「では、どうして会ったんです?」

ディオン「はい?」

ノア「それが一番分かりません」

 ディオンの目を見る。

ノア「最初はあたしを殺そうとした」

ディオン「正確には、組織が依頼を受けました」

ノア「同じでしょう?」

ディオン「私にとっては少し違います」

ノア「…………」

 そこは覚えておこう。

ノア「でも、今はあたしと話をしている」

ディオン「はい」

ノア「しかも、あたしが調べていることも知っていた」

ディオン「はい」

ノア「どうしてです?」

 少しだけ沈黙があった。

 初めて、ディオンが答えを選んでいるように見えた。

ディオン「このまま放置しても、あなたが調査を続けると判断したからです」

ノア「…………」

ディオン「違いますか?」

ノア「……お父様から止められれば、止まります」

ディオン「実際、一度止まられましたね」

ノア「知ってるんですか!?」

ディオン「ある程度は」

 怖い。

 老商人が言っていた通りだ。

 こちらが覗けば、向こうからも覗かれる。

ディオン「ですが、こちらから接触すれば、あなたは再び動いた」

ノア「そっちから来たんでしょう!」

ディオン「はい」

ノア「それで『調査を続けると思った』はおかしくありません!?」

ディオン「ですから、お呼びしたのです」

ノア「…………」

 駄目だ。

 この人と話していると、どちらが正しいのか分からなくなる。

ディオン「それに」

ノア「まだあるんですか?」

ディオン「あなたには、一つ誤解があります」

ノア「誤解?」

ディオン「我々も、今回の件についてすべてを把握しているわけではありません」

 予想していなかった言葉だった。

ノア「どういうことです?」

ディオン「言葉通りです」

ノア「依頼を受けたのは、あなたたちなんでしょう?」

ディオン「はい」

ノア「なら依頼した人を知っているんじゃ?」

ディオン「それについては申し上げられません」

ノア「またそれですか」

ディオン「ただし」

 ディオンの声が少し変わった。

ディオン「今回の仕事は、我々にとっても通常のものではありませんでした」

ノア「…………」

 仲介人も同じことを言っていた。

 ファルフレード家を狙うのは、割に合わない。

ノア「どうして受けたんです?」

ディオン「お答えできません」

ノア「では、何なら答えられるんですか!?」

ディオン「四人を送ったことは、結果として失敗だったと考えております」

ノア「そこ!?」

ディオン「三名死亡、一名捕縛です」

ノア「…………」

ディオン「しかも公爵家による大規模な調査を招きました」

ノア「…………」

ディオン「費用対効果が悪すぎます」

ノア「そういう理由なんですか!?」

 思わず大きな声が出た。

 護衛の一人が咳払いをする。

 ごめんなさい。

ディオン「我々は仕事で行っておりますので」

ノア「三人死んでるんですよ?」

ディオン「だからこそです」

 返ってきた言葉に、少し驚いた。

ディオン「人員を育てるにも時間と金が必要です。経験を積んだ者なら、なおさらでしょう」

ノア「…………」

ディオン「人を使い潰していては、組織など維持できません」

 冷たい。

 でも。

 人の命を何とも思っていない人の言葉とも違った。

 命を大切にしているというより――資源として扱っている。

 たぶん、それがこの人のいる世界なのだ。

ノア「……あたしを恨んでいないんですか?」

ディオン「何故です?」

ノア「三人、あたしが殺したから」

ディオン「あなたを殺しに行った者たちです」

ノア「でも」

ディオン「返り討ちに遭う可能性は、仕事を受けた時点で承知しています」

 淡々としている。

ディオン「それに、あなたは殺すつもりではなかったのでしょう?」

ノア「……はい」

ディオン「聞いております」

ノア「それも?」

ディオン「生き残った者が随分と怯えていたそうですね」

ノア「…………」

ディオン「『加減したと言っていた』と」

ノア「忘れてください」

ディオン「難しいですね」

ノア「どうして!?」

ディオン「非常に重要な情報ですので」

ノア「どこがですか!」

ディオン「我々の人員を今後あなたへ差し向ける際の判断材料になります」

ノア「まだ差し向けるつもりなんですか!?」

ディオン「私個人としては、お勧めいたしません」

ノア「……お勧め?」

ディオン「費用対効果が悪いので」

ノア「またそれ!」

 この人。

 本当に裏社会の人間なのだろうか。

 いや。

 むしろ、こういう人だから裏社会で長く生きているのかもしれない。

ノア「では、もうあたしを狙うつもりはない?」

ディオン「私からは」

ノア「組織としては?」

ディオン「保証できません」

ノア「…………」

 やっぱり安心はできない。

ノア「あなたは、あたしの敵なんですか?」

ディオン「現時点では、そのつもりはありません」

ノア「現時点?」

ディオン「先のことなど分かりませんので」

ノア「普通、そこは安心させるところじゃないんですか?」

ディオン「裏社会の人間が『永遠にあなたの味方です』などと申し上げたら、むしろ信用なさらない方がよろしいかと」

ノア「…………」

 正論っぽい。

 ものすごく腹が立つ。

ノア「あなた、性格が悪いと言われません?」

ディオン「時折」

ノア「言われるんですね」

ディオン「裏社会では、褒め言葉に近い場合もございます」

ノア「褒めてません!」

ディオン「存じております」

 やっぱり性格が悪い。

 でも、少しだけ緊張が解けている自分にも気づいた。

 この人が危険な人物であることに変わりはない。

 それでも、最初に想像していた得体の知れない何かではなくなった。

 話が通じる。

 少なくとも今は。

ノア「……結局、あたしが狙われた理由は教えてもらえないんですね」

ディオン「はい」

ノア「依頼した人も」

ディオン「はい」

ノア「あなたたちの組織についても」

ディオン「必要以上には」

ノア「それでは、あたしがここへ来た意味がありません」

ディオン「ございますよ」

ノア「どこに?」

ディオン「あなたは、相手が存在することを確認できました」

 言われて黙った。

ディオン「そして我々も、あなたと話ができることを確認しました」

ノア「……あたしを試したんですか?」

ディオン「結果としては」

ノア「最初からでしょう?」

ディオン「ご想像にお任せします」

ノア「便利ですね、それ」

ディオン「ええ」

 否定しない。

 本当にやりにくい。

ディオン「そして、もう一つ」

ノア「何です?」

ディオン「忠告です」

 空気が変わった。

 ディオンの声は変わらず穏やかだった。

 でも、さっきまでとは違う。

ディオン「これ以上、調べないことをお勧めします」

ノア「…………」

ディオン「今日のことも忘れ、今回の件は公爵家へお任せになる。それが最も安全です」

ノア「脅しているんですか?」

ディオン「いいえ」

 即答だった。

ディオン「脅すのであれば、もっと分かりやすく申し上げます」

ノア「…………」

 確かに。

 この人ならそうしそうだ。

ディオン「純粋な忠告です」

ノア「どうして?」

ディオン「ここから先は、今までとは違います」

ノア「何が?」

ディオン「知るということが、関わるということになる」

 老商人と似たことを言う。

ディオン「今なら、まだ戻れます」

ノア「…………」

ディオン「あなたは被害者です。何も知らなかった。暗殺者に襲われ、返り討ちにした。それだけで終わらせることができる」

ノア「でも、理由は?」

ディオン「知らないままでいる」

ノア「また狙われたら?」

ディオン「公爵家が守るでしょう」

ノア「家族が狙われたら?」

ディオン「…………」

 初めて。

 ディオンがすぐに答えなかった。

ノア「分からないままでは、何に気をつければいいのかも分かりません」

ディオン「知ることで、より危険になる場合もあります」

ノア「分かっています」

ディオン「いいえ」

 静かな声だった。

ディオン「まだ、すべては分かっておられない」

 その言葉だけは、妙に重かった。

 この人は知っている。

 あたしが知らないものを。

ノア「……それでも」

ディオン「はい」

ノア「あたしを狙った理由を知らないまま、全部忘れるなんて無理です」

ディオン「…………」

ノア「怖いですよ」

 怖くないわけがない。

ノア「だから知りたいんです」

 ディオンは黙ってあたしを見ていた。

 やがて、小さく息を吐く。

ディオン「やはり」

ノア「何です?」

ディオン「いえ」

ノア「今、何か言いましたよね?」

ディオン「申し上げました」

ノア「なら教えてください」

ディオン「やはり、あなたは来るのだろうと思いまして」

ノア「どこへ?」

ディオン「こちら側へ」

 背中に寒いものが走った。

ノア「行くなんて言ってません」

ディオン「ええ」

ノア「勝手に決めないでください」

ディオン「では、来ませんか?」

ノア「…………」

 答えようとした。

 来ない。

 そう言えばいい。

 でも。

 あたしを狙った理由は、まだ分からない。

 依頼主も分からない。

 この組織が何なのかも分からない。

 そしてディオンは、それを知っている。

ノア「…………」

ディオン「お答えにならないのですね」

ノア「性格悪い!」

ディオン「恐縮です」

ノア「だから褒めてません!」

 ディオンが立ち上がった。

ディオン「本日はここまでにいたしましょう」

ノア「待ってください」

ディオン「これ以上は、お話しできません」

ノア「次は?」

 口にしてから気づいた。

 ディオンの目が、ほんの少し細くなる。

ノア「…………」

ディオン「次、ですか」

ノア「今のは忘れてください」

ディオン「難しいですね」

ノア「さっきも聞きました!」

ディオン「では」

 ディオンは扉へ向かう。

 その途中で足を止めた。

ディオン「次にお会いする時は、もう少し深いところのお話になるでしょう」

ノア「…………」

ディオン「ただし」

 振り返る。

ディオン「戻るのであれば、今のうちです」

 それだけ言って。

 ディオン・ウェルヴは部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 しばらく、誰も何も言わなかった。

護衛「……ノア様」

ノア「はい」

護衛「お帰りになりますか?」

ノア「帰ります」

護衛「いえ、そうではなく」

ノア「分かってます!」

 あたしだって分かっている。

 今なら戻れる。

 ディオンはそう言った。

 今日聞いたことをお父様に話して、後はすべて任せる。

 それが一番安全なのだろう。

 分かっている。

 本当に。

ノア「…………」

 でも。

 結局あたしは、一番知りたかったことを何一つ知らない。

 なぜ狙われたのか。

 誰があたしを殺そうとしたのか。

 そして。

 なぜ、あの人たちはそんな依頼を受けたのか。

ノア「……戻るなら、今のうち」

 小さく呟く。

 その言葉が。

 なぜだか、頭から離れなかった。

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