第10話 ひろがる仕組(しく)み

小(ちい)さな実験(じっけん)を始(はじ)めて、三日(みっか)。


王宮(おうきゅう)の部屋(へや)で、ラタは朝(あさ)から帳簿(ちょうぼ)を見(み)ていました。


紙(かみ)が、いっぱいです。


数字(すうじ)も、いっぱいです。


ラタは、うなりました。


「……足(た)りない」


「また?」


向(む)かいのいすに座(すわ)っていたグランが、顔(かお)を上(あ)げました。


「またです」


「昨日(きのう)も言(い)ってたな」


「昨日(きのう)より、分(わ)かりました」


「何(なに)が?」


ラタは、一冊(いっさつ)の帳簿(ちょうぼ)を閉(と)じました。


「この仕組(しく)みを大(おお)きくするなら、参加(さんか)する人(ひと)を増(ふ)やさないといけません」


「それなら、かんたんだ」


「どうやって?」


「王子(おうじ)の僕(ぼく)が、みんなに言(い)えば――」


「ダメです」


「はやいな!」


ラタは、ため息(いき)をつきました。


「王子(おうじ)だから参加(さんか)する人(ひと)ばかりになったら、意味(いみ)がありません」


「そうか」


「自分(じぶん)で考(かんが)えて、自分(じぶん)の気持(きも)ちで参加(さんか)してもらわないと」


「なるほど」


ラタは、別(べつ)の紙(かみ)を出(だ)しました。


「それに、人(ひと)が増(ふ)えるだけでもダメです」


「まだあるのか?」


「あります」


ラタは、指(ゆび)を一本(いっぽん)立(た)てました。


「助(たす)ける人(ひと)が増(ふ)えれば、助(たす)けられるお金(かね)も増(ふ)えます」


二本目(にほんめ)の指(ゆび)。


「でも、助(たす)けてほしい人(ひと)が増(ふ)えたら、いるお金(かね)も増(ふ)えます」


三本目(さんぼんめ)。


「だから、どれくらいのお金(かね)を集(あつ)めれば、どれくらい助(たす)けられるのか、考(かんが)えないといけません」


「……」


「それから、集(あつ)めたお金(かね)を、だれが持(も)つのか」


四本目(よんほんめ)。


「だれが、本当(ほんとう)に困(こま)っているのか調(しら)べるのか」


五本目(ごほんめ)。


「どんなときに、助(たす)けるのか」


六本目(ろっぽんめ)。


「もし、ずるをする人(ひと)がいたら、どうするのか」


グランは、机(つくえ)に顔(かお)をつけました。


「……仕組(しく)みって、大変(たいへん)だな」


「今(いま)ごろですか?」


「でも――」


グランは顔(かお)を上(あ)げました。


「面白(おもしろ)い」


ラタは、少(すこ)しだけ笑(わら)いました。


「でしょうね」


*


その日(ひ)の午後(ごご)。


二人(ふたり)は、また城下町(じょうかまち)へ向(む)かいました。


今日(きょう)は、目的(もくてき)があります。


「商人(しょうにん)たちと話(はな)したい」


グランが言(い)いました。


「どうして商人(しょうにん)です?」


「今回(こんかい)の鉱山事故(こうざんじこ)で、困(こま)ったのは、鉱山(こうざん)で働(はたら)いていた人(ひと)だけじゃない」


「……そうですね」


「まわりのお店(みせ)も、困(こま)った」


「はい」


「だったら、その人(ひと)たちにも参加(さんか)してもらおう」


ラタは、うなずきました。


「参加(さんか)する人(ひと)を増(ふ)やすんですね」


「そう」


「でも、商人(しょうにん)には、いいことが分(わ)かりにくいですよ」


「困(こま)ったときに、助(たす)けてもらえる」


「いつ困(こま)るか、分(わ)からないのに?」


「……」


グランは、だまってしまいました。


ラタが言(い)いました。


「そこが、この仕組(しく)みの難(むずか)しいところです」


「うん」


「何(なに)も起(お)きなければ、出(だ)したお金(かね)は使(つか)いません」


「でも、何(なに)か起(お)きたら?」


「そのときのためです」


「だったら……」


グランは、足(あし)を止(と)めました。


「『何(なに)も起(お)きなかったこと』にも、意味(いみ)があるんじゃないか?」


「どういうことです?」


「今日(きょう)、何(なに)も起(お)きなかった」


「はい」


「だから、だれかのお金(かね)が使(つか)われずに残(のこ)った」


「はい」


「それって、むだじゃない」


グランは笑(わら)いました。


「だれかが、明日(あした)も安心(あんしん)して働(はたら)けるってことだろ?」


ラタは、少(すこ)し考(かんが)えました。


「……そうですね」


「だったら、それもちゃんと伝(つた)えよう」


「はい」


*


最初(さいしょ)に話(はなし)を聞(き)いてくれたのは、鉱山(こうざん)の近(ちか)くで道具(どうぐ)を売(う)っている商人(しょうにん)でした。


「俺(おれ)も参加(さんか)しろって?」


「強制(きょうせい)ではありません」


ラタが答(こた)えます。


「自分(じぶん)のお店(みせ)を守(まも)るために、自分(じぶん)で決(き)めてください」


「ふうん……」


商人(しょうにん)は、腕(うで)を組(く)みました。


「俺(おれ)の店(みせ)が火事(かじ)になったら?」


「決(き)めた条件(じょうけん)に合(あ)えば、助(たす)けます」


「鉱山(こうざん)の事故(じこ)に巻(ま)きこまれたら?」


「被害(ひがい)を調(しら)べて、条件(じょうけん)に合(あ)えば」


「じゃあ――」


商人(しょうにん)は、ニヤッとしました。


「店(みせ)を自分(じぶん)で壊(こわ)して、『事故(じこ)でした』って言(い)ったら?」


ラタの目(め)が、キッとしました。


「助(たす)けません」


「どうして?」


「わざとやったからです」


「それ、分(わ)かるのか?」


「分(わ)かるようにします」


「だれが調(しら)べる?」


「そのための人(ひと)を育(そだ)てます」


商人(しょうにん)は、少(すこ)しだまっていました。


そして――


「……本気(ほんき)なんだな」


グランが答(こた)えました。


「本気(ほんき)だ」


「王子様(おうじさま)が?」


「ああ」


「変(か)わった王子様(おうじさま)だ」


「よく言(い)われる」


商人(しょうにん)は笑(わら)いました。


「じゃあ、参加(さんか)してみるか」


「ありがとう」


「ただし――」


商人(しょうにん)は指(ゆび)を立(た)てました。


「本当(ほんとう)に困(こま)ったときは、助(たす)けてくれよ」


グランは、まっすぐ答(こた)えました。


「そのための仕組(しく)みだ」


*


少(すこ)しずつ。


本当(ほんとう)に、少(すこ)しずつ。


参加(さんか)する人(ひと)が増(ふ)えていきました。


商人(しょうにん)。


農家(のうか)。


職人(しょくにん)。


荷物(にもつ)を運(はこ)ぶ人(ひと)。


鉱山(こうざん)で働(はたら)く人(ひと)。


みんな、自分(じぶん)にできることから参加(さんか)しました。


ラタは毎日(まいにち)、数字(すうじ)を書(か)きかえました。


「百人(ひゃくにん)」


「百人(ひゃくにん)?」


グランが、のぞきこみます。


「はい」


「最初(さいしょ)は十人(じゅうにん)だったのに」


「十倍(じゅうばい)です」


「すごいな!」


「でも、まだまだです」


ラタは帳簿(ちょうぼ)を閉(と)じました。


「百人(ひゃくにん)では、大(おお)きな災害(さいがい)が起(お)きたら、足(た)りません」


「じゃあ、千人(せんにん)」


「かんたんに言(い)いますね」


「じゃあ、一万人(いちまんにん)!」


「……」


ラタが、だまってしまいました。


「どうした?」


「殿下(でんか)」


「うん?」


「一万人(いちまんにん)を集(あつ)めるなら、エレミア王国(おうこく)ぜんぶに、この仕組(しく)みを広(ひろ)げないといけません」


「それなら――」


グランは立(た)ち上(あ)がりました。


「王国(おうこく)ぜんぶに、広(ひろ)げよう」


ラタは、思(おも)わず笑(わら)いました。


「本当(ほんとう)に、止(と)まりませんね」


「止(と)まる理由(りゆう)がないからな」


*


その夜(よる)。


村(むら)では、ラタの母親(ははおや)が古(ふる)いジュエリーを見(み)ていました。


「ねえ」


「なんだ?」


夫(おっと)が振(ふ)り向(む)きました。


「この子(こ)を見(み)つけた日(ひ)のこと、覚(おぼ)えてる?」


「もちろん」


「雨(あめ)だったわね」


「ああ」


「村(むら)の外(はず)れで、泣(な)いていた」


「まだ赤(あか)ん坊(ぼう)だった」


「身元(みもと)が分(わ)かるものは、このジュエリーだけ」


母親(ははおや)は、指(ゆび)で文字(もじ)をなぞりました。


「『タフェ』」


「そうだ」


「……でも」


母親(ははおや)は、首(くび)をかしげました。


「本当(ほんとう)に、これだけだったのかしら?」


「どういう意味(いみ)だ?」


「ここ」


ジュエリーの端(はし)を指(ゆび)さします。


「何(なに)か文字(もじ)が、続(つづ)いていたような気(き)がするの」


夫(おっと)も、のぞきこみました。


「たしかに……」


「でも、読(よ)めないわね」


「古(ふる)すぎるんだろう」


「そうね」


二人(ふたり)は、それ以上(いじょう)考(かんが)えませんでした。


それが――


このジュエリーにかくされた秘密(ひみつ)の、ほんの少(すこ)しだとは知(し)らずに。


*


そして、次(つぎ)の日(ひ)の朝(あさ)。


王宮(おうきゅう)に、一通(いっつう)の手紙(てがみ)が届(とど)きました。


「殿下(でんか)」


ラタが、封筒(ふうとう)を差(さ)し出(だ)します。


「なんだ?」


「隣(となり)の国(くに)からです」


グランが封(ふう)を開(あ)けました。


手紙(てがみ)には、鉱山事故(こうざんじこ)のあとについて書(か)かれていました。


そして最後(さいご)に――


こんな一文(いちぶん)がありました。


『エレミア王国(おうこく)の、新(あたら)しい取(と)り組(く)みに興味(きょうみ)がある』


グランは、顔(かお)を上(あ)げました。


「……隣(となり)の国(くに)が?」


「ええ」


「僕(ぼく)たちの仕組(しく)みを?」


「どうやら」


ラタは、静(しず)かに笑(わら)いました。


「少(すこ)しずつ、外(そと)の国(くに)にも知(し)られてきたようです」


グランは、窓(まど)の外(そと)を見(み)ました。


鉱山(こうざん)で暮(く)らしを支(ささ)えてきた、小(ちい)さな国(くに)。


事故(じこ)で、その大事(だいじ)なものを失(うしな)った国(くに)。


その国(くに)が今(いま)――


自分(じぶん)たちの手(て)で、


新(あたら)しいものを作(つく)ろうとしていました。


「ラタ」


「はい」


「これを、エレミアの新(あたら)しい力(ちから)にできるかもしれない」


「……新(あたら)しい力(ちから)に?」


「ああ」


グランは、うなずきました。


「鉱山(こうざん)がなくても、エレミアは生(い)きていける国(くに)にする」


ラタの目(め)が、キラッと光(ひか)りました。


「それなら、次(つぎ)に必要(ひつよう)なのは……」


「なんだ?」


「この仕組(しく)みを、ほかの国(くに)にも教(おし)えられるくらい、ちゃんとしたものにすることです」


グランは、笑(わら)いました。


「決(き)まりだな」


まだ、だれも知(し)りません。


エレミアが、いつか――


「危険(きけん)に備(そな)える仕組(しく)み」を、


ほかの国(くに)へ届(とど)ける国(くに)になることを。


そして――


その仕組(しく)みを、もっと大(おお)きくする三人目(さんにんめ)の人(ひと)が、


村(むら)で暮(く)らす少女(しょうじょ)、


タフェだということを。


――第(だい)10話(わ) 終(お)わり

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