仮面聖女 13
送魂の詩 高らかに
私が着ているアンバー色の聖女見習い服ハビットは、道を転がって所為で埃丸れになってしまった。
パッと見えるところでは、解れや破れはなさそうでほっとしました。
手でパタパタと埃を叩きながらスリッチャー肉店までやってきました。
ここは辺境都市の更に城壁外にあるパラスサイト教会御用達と聞こえは良いけど、要は屑肉を格安で分けてもらっている。逆の意味でお得意様なんですね。
「スリッチャーさん、ごめんください。」
店舗に入り、挨拶をするとカウンターの奥から、ずんぐりとした体型にエプロンをした男が出てきました。
「やあ、トゥーリ。いらっしゃい、こっちは用意できてるよ」
「いつもいつもありがとうございます。ここんとこ予算厳しいから本当に助かっていますよ」
男の後ろから、小柄な女性が現れます。奥さんですね。二人は夫婦で肉屋を切り盛りしています。
「ウチだって私がこんなでなきゃ、教会へ行けるのだけれどね」
奥さんは大きくなったお腹をさすっています。思わずに私は目を細めて、
「後、どれくらいで、生まれるますか? ウチの教会で祝福授けますよ」
「その時には頼みますね。もう臨月入ってるから、後少しですよ」
もう、神々しいぐらいの笑顔で奥さんは答えてくれました。
「楽しみですね」
私の返事に旦那は皮肉混じりに、
「トゥーリが生むんじゃないのにか」
「私だって一応、女ですから。赤ちゃん見たいし」
奥さんの微笑みは癒しですね。
「ありがとうね」
お互い、にっこりとしています。
さて、
「じゃあ、早速始めますね」
私は一度、店舗を出て門付きの典礼の準備を始めます。まあ、バックから詩篇パサールや聖水の入った容器、ハンドベルを出すぐらいなんですけどね。
肉屋として生肉を扱うと、どうしても生き物の魂の残りというか澱みが溜まってしまうのです。定期的に祓っておかないと色々と差し障りが出てしまいます。
見習いとはいえ聖女の勤めとして浄化をするんです。そうして対価を得るんです。
今回は、屑肉であるオファルを格安で分けてもらいます。魚屋も同じ理由で調理した時に余るアラをもらっていきます。
わたしは、通りから店舗を仰ぎ見て、ゆっくりと深呼吸をします。そして細くゆっくりと吐いていく、
次にハンドベルを肩口で構えて一振りします。
澄んだ音の響くなか、手に持った容器を振って聖水を四方に振り撒くと、また鐘を一振りして容器をポケットにしまい、詩篇に持ち替えて開きます。
再びハンドベルを鳴らして、前句を読み上げていくのです。
隣人よ
この詩篇を信じ行うは難し、
隣人よ
この詩篇を信じ行うものなれば
主は歓喜せん。
なれを祝福せん。
なれの信心と勇気を褒め称えるであろう。
なれ戒めをもって、行ずるものなれば無上の道行ならん。
淳善の地に住するなり、
隣人よ 隣人よ
ここでベルを鳴らします。
片手で持つ詩篇のページをめくり、魂送りの祝詞を読み上げるのです。
(あれっ、いつもとページが違う。書いてある文字も可愛いや。でも文言も似てるからね。まっいいか。続けましょう)
再び、ベルを鳴らします。
隣人よ
主は言われた人の手は守りのて
隣人よ
主は言われた 人の手あるは 育みのため
隣人よ
両の手合わせ 扉を開き
紅蓮の中になれを返す。
汝を思い懐かしむものはいれども
汝を罵るものなし、
汝をなぶるものなし、
主の腕の温かみを思返す
主の糧の温かみを恩返す
汝の安らぎへ主は両の手を差し伸べるであろう。
私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。
我は乞い願う
私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。
主の御言聞く聖女よどとけてたもれ
私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。
主よ、守りたまえと 救いたまえと
ゾクッ、鐘の音が響く中、私の背中に怖気が走りました。
周りを見ると、地面から、壁から光の粒が湧いてきたんです。最初はひとつ、二つ。そして段々と数が増えていきます。
それぞれが浮かび上がって、空を目指していくのです。
目の前を光の粒が覆い尽くしました。
鐘の音の余韻が尽きよう時に、私の被る鈍色の仮面の下から言葉が響き、
我にも鐘の音ひとつ 聞かせてくれぬか。
私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす、
あい、わかった。そなたの思い 叶えよう。
仮面の下、額にいる御方が答えます。
私の目の前を覆い尽くす光の粒、全てが地より押し出され、肉屋の建屋だけでなく、隣近所、その屋根の上から、わずかに屋根から臨む城壁から、その奥から、瀑布を逆さにしたように光が立ち上がる。上空へ噴き上がっていきました。
光の噴流がしばらく続いたものの、やがて落ち着いて行きます。
稀にひとつ、ふたつと登っていくものもあるのですが、終わったと思っていいのでしょうか。
額にいる御方は、それ程の力を使っていなかったようで、以前に比べれば、痛みも少ない。ヒリヒリするぐらいだった。よかったぁ。
肉屋の店舗からスリッチャー夫妻が出てきた。
「ありがとうだよ、トゥーリ。肩のあたりも軽くなって、気分もスッキリしたよ」
「私もだよ トゥーリ。なんか頭や肩を押さえつけられる感じが消えなくてねぇ」
夫妻の笑顔が、浄化がうまくいっている証になりますね。
「私も、浄化が上手くできて嬉しいです」
「ところでな?」
スリッチャー夫妻はお互いの顔を見合わせてから、私をみて、奥さんからは、
「なんか、死んだはずのおばあちゃんからの『ひ孫かい、ありがとね』って言われたの。あれは空耳?」
「へっ」
私は、返事ができない。旦那さんからも、
「俺も、おっ死んだ爺さんの声で、『よくやった』って聞こえてきたんだ」
「へっ」
確か、私は、ここに留まっている澱んだ魂の浄化を、主に願って、主へは届いたはずなんだけど、なんで'クチヨセ'みたいなことが起きてるの? なんで?
「じゃあ、トゥーリ。これオファルになるから」
お祓いも終わり、スリッチャーさんから頼んでいた包みをもらう。
「すぐにでも調理してくれよ。傷むの早いからね」
「ありがとうスリッチャーさん、すぐツクネにするね」
教会では、セリアンは、食べ飽きたとは言ってるのだけど、毎回美味しいって食べてくれるんだ。
そんな顔を思い出しながら、包みを抱えて帰ろうとすると奥さんから、声をかけられた。
「腸詰とかの端も入れといたから、食べてね、日持ちもするしね」
「神父も喜びます。酒のつまみに合うって。ありがとうございます」
何より、セリアンとシュリンが喜ぶ顔が浮かぶ。
私は走って帰りだしたのだけど、背中越しに聞こえて聞こえるんです。
死んだ何某の声を聞いた。話模した。うっすらとだけど顔が見えたんだと。慌てて、外に出てきた人たちが口々に言っていることを。
私は、いったい何をしたんでしょう。お祓いをした筈ななんですが………
