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今年という年と『イア;メメント モリ─宿世相対─』

皆さま。いつも拙作『イア;メメント モリ─宿世相対─』を読んでくださり、誠にありがとうございます。

突然ですが、この物語へ込めた思いを、ちょっとだけ語らせて頂きます。よろしかったら、ご一読下さい。





この物語を書くきっかけは、昨今の災害や、戦争などの凄惨な世界の現実をテレビを通して見たときに、
「きっとこの人たち(被害者たち)は、普通に暮らしている自分たちよりも強く生きている(生きようとしている)んだろうな。」
という印象が頭に浮かんだことでした。

なので、メインの登場人物であるペトロたち使徒4人は、トラウマを抱えているという設定となっています。

読者の方々はおわかりの通り、この物語は、
「トラウマを抱えた者たちが、自分たちと似た境遇の人々を救いながら、己のトラウマとも向き合い戦う物語」です。

目の前で炎に包まれ苦しむ家族を救えなかった。
最愛の家族に、最期に呪の言葉を掛けてしまった。
戦争に巻き込まれ、人間の恐ろしさを魂に刻み付けた。
過ちを犯し、本心を伝えられなかった後悔で、恋人を追い掛けるために死を選ぼうとした。

そんな彼らが、トラウマを克服し、強く生き抜く物語です。

しかし。『イア;メメント モリ─宿世相対─』で書きたいことは、それだけではありません。

彼らは、物語の終盤を迎える前に、トラウマを克服します(現在、その予定です)。彼らがトラウマを克服した先に、私が本当に書きたいこと、彼らが必ず向き合わなければならない現実があります。

その時のテーマとなるのが、作品のあらすじの最後に書いてある、
「この世界は、いったい誰のせいなのか。」
という問いです。

彼らの家族は、恋人は、なぜ死ぬことになってしまったのか。
なぜ、凄惨な出来事が起きてしまったのか。
これから彼らが向き合う現実は、過酷です。でも彼らは、その現実を真正面から見つめます。

そして、考えるんです。

本当に目を向けるべきものは、なんなのか。
意趣を向けるべきものは、なんなのか。
それはどこにあり、どこから来たのか。

それを探すためにいるのが、彼ら使徒の敵である「死徒」です。

私は、敵である彼らの言葉も大切だと考えています。怨念の集合体である彼らの思いは、地球を覆うほど膨大で、私程度の物書きには、彼らの気持ちの何十分の一……いえ。何百、何千分の一ほどしかわからないと思います。
でもできるだけ、時間が掛かってもどうにかして彼らの思いも紡ぎ、彼らの存在意義を示したいと思っています。
彼らの思いは、使徒も向き合うべき思いだからです。

そう。世界が未だ真の平和を得られない理由を、考える。それが、彼ら使徒がやらなければならない、最後の役目です。

だから、彼らはまた、辛い過去とも向き合わなければならないでしょう。
本当なら、シンプルにハッピーエンドで終わってもいいんでしょう。でも、「死徒」を倒し、ペトロたちだけが幸せを手にするだけでは、この物語は終われません。
ちゃんと向き合うべきことと向き合い、考え、悩み、苦しんでも、目を逸らしてはいけない。

人間同士が争い続ける理由を、考え続けること。それが、
「この世界は、いったい誰のせいなのか。」
という問いなのです。

私は、読み終えた時にその問いを考えるきっかけとなる物語にしたいと思い、『イア;メメント モリ─宿世相対─』書いています。
今読んで下さっている方々だけでもいいですが、本当は、できるだけ多くの人に読んでもらいたい。そして、この問いを送りたいのです。私から問い掛けなくても、多くの方がそれを考えていると思いますが、私からも問わせて頂きたいのです。

偶然にも、今年は終戦から80年という節目です。そんな年にこの『イア;メメント モリ─宿世相対─』を書いているのは、単なる偶然でもないような気がしています。
勝手に、ですが。物語が終わるのも、来年あたりですが。
でも、おかげで、私自身も問いを考えるきっかけとなっています。

この問いの「誰」とは。
こんな争いの絶えない世界となってしまったのは、なぜなのか。

この物語を書き終えたあとも、問いを忘れずにいたいです。
たぶん、この先何年かは絶対に忘れません。この作品は、セルフリメイクした思い入れのある作品ですから。





だらだらと書いてしまい、すみませんでした。
生意気なことばかり並べて、白けさせてしまったかもしれませんね。

今年書いているこの物語を、意味のある作品にしたい。ただ、そう言いたかっただけです。

お時間を頂き、感謝致します。長文になりましたが、読んで下さり、ありがとうございました。


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