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いくひ誌。【2791~2800】

※日々、誰もが通れる道をつくる、特別じゃなくても通れる道を、選ばれずとも通れる道を、ただ歩けば通れるそんな道を。


2791:【がらんどうの根は甘く】
「絶対に許さない」彼女の目からは、私への破滅を望む炎が溢れていた。つよい悪意をぶつけられ、そうして私は言葉を失った。初潮を迎える前のことだ。言葉だけでなく、人格そのものが消失したような空虚さに襲われ、それは立ち退くことなく私のなかに留まりつづけた。わだかまりつづけた、と言い換えても齟齬はなく、私は言葉を失い、底なしのがらんどうを手に入れた。私がそうして言葉を失い、しゃべらなくなってから五年の月日が経った。私は小学生から中学生を越し、晴れて高校生となった。しゃべれないのではなく、しゃべらないだけだと医師からのお墨付きをもらって以降、私はうるさくない女の子として、それなりに周りのコたちと仲良くやっていた。大人たちも無理にしゃべらせようとはせず、それはなんだか女の子は静かで自己主張しないほうがよろしいよ、といった偏見のたまものでもあるように思えたけれど、すくなくとも私はそんな周囲の「臭くないなら蓋をせずともよしとするか」といった眼差しに支えられ、すこやかな日々を送っていた。「いつからしゃべれないの」ある程度の仲を深めた学友たちから、ときおりそのように話題を振られることはしばしばで、なんとなく。と、いつも私は曖昧にノートに文字を書き、その場を切り抜けていた。きっかけはあるのだ。思いだしたくないきっかけが。私は言葉を失くした人間で、けれど言葉に支えられた社会に生き、文字を介して意思を疎通する。本来であれば、声を失くした、と形容すべきところではあるけれど、しゃべれないのではなくしゃべらないだけの私にしてみれば、それは正しくはないのだった。「ええ、転校生の琉紗那(るさな)イユさんです」夏期講習のプリントを配ったあとで先生は言った。「夏休み明けからこのクラスの一員になるので、名前と顔を憶えてあげてね」転校生は女の子だった。線が細く、なんだか白くて背の高い花を連想した。ぼーっと眺めていると目が合った。彼女は(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054897057568/episodes/1177354054897057574


2792:【闇に差す赤】
男はある朝、やけに身体が動かしづらくて戸惑った。風邪をひいたのかと疑ったが、体調そのものはわるくない。おかしいな、おかしいな、と思いながら椅子に腰かけるとミシミシと音を立てて、愛用の椅子が壊れた。長年使いつづけていたこともあり、寿命だったのかとも思ったが、念のために体重計に乗ってみたところで、体重の増加に気づいたわけだが、そこからは恐怖の日々だった。一晩経つと体重が倍になる。より正確には、身体の体積はそのままで質量のみが倍になるようなのだ。ちょっと物にぶつかるだけでも物凄い勢いで物体は吹き飛び、ときに壊れ、またときにカタチが歪んだ。体重の増加にしたがい身体の構造も丈夫になっているらしく、ちょっとやそっとの衝撃では傷を負わない。六日目にして体重が二トンを超えると、自動車にぶつかっても身体は無傷で、自動車のほうが大破するようになった。身体は相も変わらず動かしづらかったが、かといって歩けなくなることはなく、それでいて家のなかにはいられなかった。というのも自重で床が抜けてしまうのだ。コンクリートのうえでの野宿を余儀なくされたが、十日もすると(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898584793


2793:【子猫は素知らぬふりして、みゃーと鳴く】
友人のペットがどう見てもバケモノなのだが、誰もそのことを疑問に思わない。指摘しないのはなんとなく判る。バケモノに見えている私だって面と向かってその話題に触れてよいのか判らないからだ。指摘したが最後、ガブリと食べられでもしたらおそろしい。友人はペットをペコちゃんと呼んだ。友人にはペコちゃんが子猫に見えているらしいのだが、私にはそれがどう控えめに言ってもライオンをペロリと平らげるようなバケモノにしか見えない。大きさだって全然違う。友人はバケモノの尻尾の先端を子猫扱いするが、そのとなりでは、全身が不気味な鱗で覆われた不定形のナニカが蠢いている。鱗の一つ一つが無数の人間の顔じみていて、バケモノの本体はじっとしているときにはイソギンチャクのような見た目でありながら、移動するときにはスルスルとほどけて一本の大蛇のようになり、またあるときは四つ足の獣のような格好をとることもある。いまは友人のとなりでブヨブヨと蠕動しており、巨大なウジムシと言えばそれらしい。もちろん表面は無数の人間の顔じみた鱗でびっしりと覆われている。食欲が失せる。無臭なのがせめてもの救いだ。「それ食べないの」友人が哀しそうな顔をする。せっかく用意してくれた有名店のケーキだったが、私にはとてもいまこの場では食べられそうにない。「ごめんね。あとで食べるから」けっきょくこの日はケーキには一口も手をつけず、かといって持って帰るわけにもいかず、最後のほうには却って好きなケーキを二個も食べられてラッキーといったふうに友人のほうでかってに機嫌を持ち直してくれた。やさしいコなのだ。不幸になっていいようなコではない。すこしでも友人を傷つけたらこの命に代えてもバケモノを(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898637902


2794:【ちゃぽんと跳ねて、もぐる】
雑居ビルの合間に鬱蒼とケヤキの茂った空間がある。公園だ。夏場は涼しく、冬は暖かい。ビルの壁に囲われ日当たりがわるく、年中暗い。そこだけ街の夜がぎゅうぎゅう詰めになっているかのごとく様相だ。外灯が四六時中ほんわかと地面を照らしているため、物体の輪郭は陰影となって浮きあがる程度には明るいとも呼べる。いつからだろう、そこに足繁く通うようになった。冷房を入れても部屋が一向にサウナ状態を抜けだせない日々がつづき、致し方なく涼める場所を探し求めていた折に偶然辿り着いた、そこはオアシスだった。涼しいだけでなく、静かでもある。数百メートルと離れぬ場所では喧騒が渦巻いており、街中にぽんつねんと開いた森のようだ。猛暑からの避難先としては申し分ない。仕事の作業にうってつけの場所だった。ほかの場所ではメディア端末の画面が日差しのつよさに負けて見えづらい。室内にしろ同じだ。木彫りの椅子と長机が外灯の下にある。公園でありながら虫がおらず、夜になっても蛾一匹飛んでいない。ときおり野良猫が単独で現れるが、気づくといつも消えている。遊具はなく、砂場と水飲み場があるのみだ。水飲み場は円柱状の石からなり、側面に蛇口が一つくっついている。土台の石は古そうで、蛇口の裏側には窪みがあった。窪みから垂れるようにしめ縄がされており、なにかしら厳かな雰囲気がある。湧水なのかもしれない。公園にくるときは途中で自販機にてペットボトル飲料を購入するのが習慣化していた。中身が尽きるといつも水飲み場の蛇口をひねり水を汲んだ。その日は昼過ぎから雨が降りはじめ、いつもよりはやく公園での作業を切りあげた。雨に濡れるわけではないが、肌寒いのだ。雨は夜にはやみ、空に星が散らばる。翌日は快晴だった。公園に足を運ぶと、大きな水溜りができていた。雨のせいだろうか。訝しむが、これまでは豪雨のときですら公園内の土は乾いた状態を維持していた。きのうの雨量でここまで水が溢れるとは思えない。何かほかに要因があるはずだと考え、目を凝らすと、水の流れる音を耳にする。次点で、水飲み場の蛇口から水が流れっぱなしになっているのを発見した。きのう水を汲んでそのまま閉めるのを忘れていたようだ。水を飲むために蛇口を上に向けていたので、排水溝の位置からズレて水が流れ落ちていた。水溜りの大きさからして、相当な水量を無駄にしてしまった。公園の敷地はさほど広くはないが、プール一杯分の水が高額だとする豆知識を思いだし、申しわけない気持ちになる。と、そのときだ。ちゃぽん、と水の跳ねる音がした。耳を澄ますと、また同じ音が反響して聞こえる。何かいるのか。しゃがみ、視線をさげる。地面にナニカシラの陰が見えないかを探った。すると、音が鳴るたびに、水溜りのうえに魚が跳ねて見えた。鯉だろうか。大きい。猫くらいはあるのではないか。ちゃぽん。空中の虫でも食らうようにそれはしきりに跳ねて(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898680886


2795:【染みはそのままで】
音もなく吸いこむのがよかった。掃除機一台に原付バイクが買えるくらいの金額をかけるのは割高に思えたが、買うならば安いのよりもよいものを、との父の教えにしたがってきた人生でもあり、躊躇なく購入した。はじめは週にいちど、床を掃除するのに使っていた。誤ってペンを吸いこんでしまったところで、おや、とその掃除機ならではの特性に気づいた。その掃除機は音もなく物体を吸いこむ。物体の大きさには無関係にだ。先代のいらなくなった掃除機を試しに吸い込ませてみると、粗大ごみ一回分の金額が浮いた。いったい消えた質量はどこへ消えるのか、掃除機本体の重さは変わらず、ゴミフィルターを開けて覗いてもそこには何も詰まってはいないのだった。いちど吸いこんだ物体は取りだせない。気づけば、生ごみや庭の雑草など、日常生活を営むうえで不要なもののことごとくを吸いこませるようになっている。むかし読んだ有名な掌編で、地上に開いた大きな穴の話があった。人類はその穴にゴミを投げ入れていき、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054899323476


2796:【貝とツノ】
波の音は砕ける音だ。波そのものに音はなく、浜辺に打ち崩れる無数のしぶきが、ざざざ、と大気に霧散する。霧散し、打ち溶け、消える盛大な回帰の余韻が波の音として耳に伝わる。波を、生を、暗示する。「じゃあ貝殻は?」ササが言う。手元のルービックキューブから目を離さず、ちいさな手をもきゅもきゅ動かす様は、なんだか子ザルのようで微笑ましい。「耳に当てると音だすよ貝」「あれは一種の共鳴だろうね。こうしてしゃべってる音だとか、風の音だとか、そうでなくとも物質ってのはただそこにあるだけで振動しているからその音が貝殻の空洞で増強されて、反響して、ノイズとなって聞こえるんじゃないかな」「あ、見て。惜しい」ササは一面だけ色の揃った立方体を掲げる。心底うれしそうに白い歯を、ニっと覗かせる姿は、とても千年以上を生きた人間には見えない。彼女の美麗な白髪ですら、幼さを際立たせる。病気や老齢からの白髪と見るよりもそうした人種と見做したほうがしっくりくる。幼いがゆえにそうなのだ、と。「海いきたいなぁ」せっかく揃った一面を崩したくないのか、ササはもう立方体をいじらなかった。興味を失ったわけではないのだろう、しっかり両手に握っている。「海いきたい」彼女はもういちど言った。「海か。すこし遠い気がする」「でも車で、ぱーって」「じゃあいまぼくたちが困ってる問題を解決したら行こう。約束」「えー、いまがいい」「いまはちょっとね」窓のカーテンをずらし、外を覗く。月明かりが眩しい。ひと気はない。いまのところこの小屋をねぐらにしてからは、周辺に張り巡らせておいたトラップは何者かの接近を知らせてはいない。ぐぅ、とお腹の音が鳴る。振り返るとササがお腹に手を添え、へへへ、とちいさな足をぱたぱた振った。「そう言えばきょうはまだだったね。ごめん」腕をまくり、彼女の顔のまえに運ぶ。彼女はこちらの腕に歯を立てる。ササはたっぷり五分をかけて、ぼくから血をすすれるだけ、すする。いつもこの瞬間、ぼくは彼女との出会いを思いだす。彼女がツノを失くす前、ぼくは彼女の非常食だった。中学生のときに(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054899613761


2797:【殴蹴道(おうしゅうどう)】
拳が空を切る。エンジンが唸るのにも似た音が鳴り、相手の拳の威力を知る。なぜそれほどまでの巨躯で啄木鳥(きつつき)がごとく俊敏さを発揮できるのか。サイバは肝を冷やした。手心を加えていられる相手ではない。数秒前まであった他者への情が希薄になるのを、意識的に自覚した。しゃがむより低く身体をかがめ、相手の懐に入る。拳を振りあげる。かわした相手のあご目がけてすかさず流れるように蹴りを放った。手応えがある。足首から太もも、股関節、そして背筋へと伝わる衝撃が心地よい。追撃を加えるが、足を掴まれそうになり、距離を置く。慌てなくていい。相手は達人の域にいる。長丁場になる。遅れて噴きだすひたいの汗を手の甲で拭いながらサイバは、殴蹴道(おうしゅうどう)からいつの間にか抜けだせなくなっているじぶんをふしぎに思った。サイバが殴蹴道なるけったいな遊戯の存在を知ったのはいまから二年前になる。十七歳だったサイバは有名都立大への進学を目指す一介の学生にすぎなかった。友人はおらず、勉学に励むことがゆいいつの時間の潰し方だった。受験本番の半年前には受験範囲を十周以上し、万全の体制が整っていた。志望校の過去問であればまず満点をとる。暇が増えた分を、進学後の予習に回した。医学書をかたっぱしから読みはじめたのはその時期のことだ。身体の構造の知見を深め、死とは何か、生とは何か、といった生命の本質にまで思考を広げた。運動は脳細胞を死滅させるからと避けていたが、身体を動かすことの利もまたあると認識を覆し、日の予定に運動を取り入れた。筋肉を肥大化させるのではない。現状の肉体を維持したまま最大限の性能を発揮するにはどうすればよいのか、に焦点を絞って試行錯誤した。怪我をしなくなり、免疫力もアップした。通常、身体を酷使すれば免疫機能は一時的に下がる。アスリートのような鍛練は避け、身体の駆動率をあげるための工夫に終始した。他人に暴力を振るう機会はそれまでなかった。発想そのものがなかったと言っていい。明瞭に憶えているのは日付と、その日、珍しくガムを踏んで、視野の狭いじぶんに苛立ったときの感情だ。靴を脱ぎ、靴底のガムを小枝でこそぎとろうとした。時刻は夕方、場所は公園だ。池があり、林があり、カモが陸で羽を休ませていた。地面から生えた背の低い照明が点灯する。街の喧騒がかすかに届き、静けさが何かを教える。人の声のようなものを聞いたのは、靴を履き直し、ベンチから腰をあげたときだった。林のほうから聞こえた。池から流れる小川があり、それを辿るように歩を向けると、暗がりの奥に、対峙する二つの人影を見た。暴漢に襲われているのかと思い、とっさにメディア端末を取りだした。警察に通報しようと思ったのだが、ゆびは最後まで番号を押さなかった。そこにいたのは男と女だった。片方が片方を圧倒していた。それを、蹂躙と言い換えてもよい。屈強な男が女をいたぶっている、ではない。線の細い女のほうが、屈強な男に苦悶の声をあげさせていた。男は筋骨隆々とし、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054900240700


2798:【ヤバイヤお嬢さまの吸入】
ショタコーン王国第九王女たるわたくしことヤバイヤ・ツーはここさいきん特大の悩みを抱えており、たいへんに困っている。というのも、先日新しく配属された召使がめちゃんこ可愛いのだ。見てほしい、あの愛くるしい姿の一挙一動を。「こらヌコイ、また花瓶の水を入れ忘れたね。シオシオじゃないかどうするんだい、これは姫さまの誕生花、粗末に扱っていい花ではないんだよ」「ごめんなさい婦長さま。ただいまお換えします」「ミスは誰でもつきものだがヌコイ、おまえはすこし気が抜けすぎているのではないか」このあいだも、と説教モードに突入したメイド長のまえにわたくしは姿を晒す。「どうしたの婦長。このコが何か粗相を?」「これはこれはヤバイヤお嬢さま。ご公務はどうなされたのですか」「疲れたのでお休みをいただきました。このコがどうしたの」ヌコイがおろおろとあちらとこちらを交互に見遣って縮こまっている。もじもじと指を絡ませる姿からは動揺を隠しきれずに混乱している様子が窺える。「いえ、たいしたことではございません。ワタクシめの教育がいたらなかったものですから少々小言を並べておりました。お耳汚し失礼いたしました」「いいのよいいの。それよりもヌコイといったかしら」「はい。ヌコイと申します」「あなたにはわたくしの専属メイドをお願いしたいのだけれど構わない?」ヌコイはぽかんと口を開けたあとで、おろおろとしだす。助けを求めるようにメイド長を見て、それから緊張のためか意味もなくぺこぺこと頭を下げた。「ヤバイヤお嬢さま、差し出がましくもご意見を挟まさせていただきたく存じます。メイドをご所望であればもっと使い勝手のよい躾けの行き届いたのをご用意いたします。性別も異性ではなく同性が好ましいとワタクシめは思うのですが」「女の子みたいなものでしょ。それにいいの。わたくしがこの手で教育を施してみたいの」だからこれくらいのがいいの。お粗末なのがいいの。すっかり縮こまってちいちゃな銅像になったヌコイをわたしは抱きしめ、ふわふわのドレス生地に埋める。宮廷のドレスはスカートの部分が膨らんでおり、凍ったシャボン玉のようだ。ヌコイはぬいぐるみのようになされるがままに私の腰に押しつぶされている。「姫さま、なんてはしたない」メイド長がわたくしを叱る。名を呼ばず地位で呼ぶときにはたいがい本心で呆れているときだ。「もらっていきますね」わたくしはヌコイを持ち去った。元来わたくしは従者を好まぬ性質だ。長らくそばに従者を(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054900775638


2799:【返頭痛】
新商品の試験体のバイトをした。配られたのは、腕時計型感覚共有機だ。知覚を他人と共有できる機械らしく、使用者のデータを集めて改良に活かすのだそうだ。いざ使ってみても、これといって生活に変化はなかった。他者の知覚が伝わるでもなく、思考が読めるでもなく、あべこべにこちらの思念を送れるわけでもない。失敗作だったのだろうか。タダでバイト代が入るのだから文句はないが、報酬分の仕事は返したい。かといって何ができるわけでもなく、うーん、うーん、と頭を抱えた。翌朝、悩みすぎたのがわるいのか、頭痛がひどかった。まるで頭のなかが空洞で、かぽっと脳みそが溶けてなくなってしまったみたいな鈍痛がある。なんとかならんものか。じぶんの頭をちぎって、配って歩きたい。身体から頭痛を切り離したい。お腹の空いている相手にじぶんの頭を食べさせるヒーローのマンガがあったが、似たようなことができたらさぞかし爽快だろう。大学の食堂で友人とランチを食べながらそんな想像を巡らせていると、腕時計型感覚共有機が赤く点滅した。なんだなんだ。驚いて顔のまえに運び、まじまじと見つめると、機器の側面から赤い光線が蜘蛛の糸のように細く放たれた。友人のこめかみに当たる。数秒それは線となって保たれたが、間もなく、ふっと消えた。「イッターイ」友人が呻いた。「なんか急に頭痛くなってきた」訊けば、脳みそにぽっかりと穴が開いたみたいな鈍痛が突然に湧いたらしい。イタタ、イタタ、と顔にバッテンの目を浮かべながら友人は(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054901232616


2800:【輪――リン――】
一瞬だけ吹き去ることはない。風は点ではなく線だ。肌を、身体を、なぞるように包みこむ。自転車にまたがり、ペダルを漕ぐ。風と同化する。風にちかづいたと思う。服の隙間に流れこむ空気の層が、気化した汗をつぎからつぎに拭い去っていく。汗は止まらない。競技の最中だ。ペダルを踏む。踏む。踏む。視界の端に流れては失せる風景はまるで、ひとつなぎに剥かれたリンゴの皮がごとくだ。途切れぬ車輪のまわる音に両断されつづけるがゆえに景色はそうして移ろうのではないかとの錯覚に陥る。妄想に更ける。呼吸をするたびに、妄想は断裂し、思考は飛躍を繰りかえす。公式の競技ではない。競輪ではない。街中を疾走する。ストックバイシカルと呼ばれるストリート発祥の競技だ。似た競技にパルクールやチェイスタグがある。どちらもエキストリームスポーツだ。かたや街中をアクロバティックに疾走し、片や区切られた場所で鬼ごっこをする。フリーランニングとも呼ばれるそれらの自転車バージョンと言えばそれらしい。よりはやく任意の地点、ゴールに辿り着いた者が勝者となる。ただし、漕げるペダルの数が限られる。今回は五百回だ。五百回で、三キロ先にある灯台まで誰より速く辿り着かねばならない。途中、廃棄工場などいくつかの難所を(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054901434049


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参照:いくひ誌。【1511~1520】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054886671128

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