「おい、見ろよあいつら。今噂の凄腕二人組だぜ」
「へぇ、若いのにすげぇな。腕もあって顔もいいってか。まったく、神様も不平等なもんだぜ」
「ホントだよなぁ……」
冒険者ギルドで酒を飲み、管を巻いていた二人が気だるげに話をする。
「んで、その後ろにいる冴えない顔した奴は?」
「さぁ? 従者かなんかじゃね。いつも一緒にいるけど、あんま喋ってるとこ見たことねぇし」
「へぇ、従者ねぇ……」
酒に酔って判断力も鈍っている二人は、その歪な三人組のことをじっと眺める。
場合によっては喧嘩を売っていると思われても仕方のない行為だが、冒険者ギルドに喧嘩はつきものだ。いちいち気にしていられない。
「おじさん! これで私たちもB級よ!」
「どうだおっさん! すごいだろ!」
「うんうん、すごいね。本当にすごい」
冴えない顔をした男は、おっさんと呼ばれるには少々若く見えるが、従者であるからなのか、そう呼ばれることを一切気にしている様子はなかった。素直に若い二人をほめちぎっている。
二人もまんざらではないのか、どこか嬉しそうだ。
「おっさんかぁ……。あいつがおっさんなら、俺もおっさんだなぁ」
「そうだな。あーあ、見てたら惨めな気分になって来たぜ。あのおっさんも横で才能を見せつけられて哀れなもんだなぁ」
「かわいそうになぁ……」
「かわいそうなおっさんと俺たちに乾杯」
「かんぱーい」
男たちは、勝手に自分たちの仲間であると判断したおっさんを酒の肴に、ジョッキを打ちあわせて現実逃避のためにさらに酒を煽るのであった。
◆
さて、話は数年前にさかのぼる。
その男は麦わら帽子をかぶり、太陽にじりじりと肌を焼かれながら畑を耕していた。
つい先日から半ば引退してスローライフを送ることにしたこの男。
あり方からして壮年なのではないかと思われるが、実のところまだ二十代半ばを少し過ぎたところである。
なぜそんなとぼけた生活をしているかと言えば、この男の精神が見た目と違ってそれなりに成熟しているからだ。なんとこの男、前世の記憶とやらを持っている。
そのせいで苦悩すること二十数年。
冒険者となって必死こいて生きてきたのだが、この村に移住するひと月ほど前に、ぷつりと緊張の糸が切れてしまったのである。
さて、男というのは四十、五十になってくると、田舎に引っ込んでのんびり暮らしたいなぁと思いはじめるものらしい。この男もまた、前世で生きた年齢を合算して見れば、人生を歩むこと既に五十年近く。 ご多分に漏れず、『あ、もうなんもかんも捨てて、田舎でのんびりしてぇ』となったらしい。
これには突然終わった前世の一生と、突然始まった今世の苦しかった人生の諸々など、深い深い事情があるのだが、そんなことは他人の知ったことじゃない。
経済力と行動力が備わっていた男は、それからわずか一カ月で王都を引き払い、こんな田舎まで引っ越してきたのだった。水と空気が澄んでいる村で、素朴な村人たちと素敵な田舎ライフの始まり、のはずであった。
この村は王都から馬車で片道ひと月もかかるド田舎だ。
男は十年以上前に一度だけ魔物退治のためにやってきたことがあった。
その時は随分と喜んでもらえたことで、冒険者ってこんなに素敵な仕事なんだ、と思ったものであった。まぁ、それが男の冒険者生活最高の記憶となるくらいに過酷な十数年を送ってきたせいで、若くして冒険者を引退することになったのだが。
この村がある場所は自然豊かで災害も少ない平和な地域で、魔物も滅多に出てこない。もし魔物が出ても、一月ほど我慢して冒険者を呼び込めば簡単に退治できる程度の強さ。
引退するにはうってつけの村だと、男は心を躍らせてやってきたのだった。
王都から買い込んできた、ちょっとしたアクセサリーや便利グッズを買って村にやって来た男は、まずはあいさつ代わりに村長の家へと向かった。
前に来た時は到着した途端、みんなフレンドリーに挨拶をしてくれたものだが、どうも今回はひそひそと内緒話をしていて、挨拶どころか近づいても来ない。
まぁ、急に武器を携えてやってきたのだから仕方がないかと、男は遠い記憶にあった村長の家へと向かう。しばらくして到着したその家は、以前よりも少し古くなってはいたが、それなりに立派であった。
家の前には一人の男性が立っていたが、それは十数年前に迎えてくれた村長ではなかった。当時の時点で随分と年を取っていたので、男は世代交代をしたのかもしれないと考える。
「冒険者様でしょうか? こんな辺鄙な村に何用ですか?」
男が声を発する前に、明らかに警戒した声色で相手方から声をかけられた。
これは不審者扱いをされているなと判断した男は、それ以上近付かずにその場で軽く会釈する。
「すみません、以前この村に依頼を受けてきたことのあるジャンと申します。冒険者をやめてのんびりと暮らしたくなって、王都からはるばるこの村までやってきました。村の端でも良いので、住まわせては貰えないでしょうか?」
「王都から……、ですか?」
何度も言うようだが、ここは王都からひと月もかかる田舎も田舎。
戦略的価値はなく、ただ平和なだけの村である。
ジャンほどに若い冒険者となると、通常もっとぎらぎらとしており、酒、女、金、という世界で生きるのが普通だ。欲のないお願いは、却って怪しくて仕方がなかった。
「あの、以前の村長さんは……?」
ジャンも疑われているのが分かっているから、せめて顔を見たことのある人をと思い申し出てみるが、相手は僅かに表情をゆがめる。
「二年前に他界しました。今は私が村長です」
「……それは失礼しました。あー……、その、これ、つまらないものですが。村の皆さんで分けて使っていただければと思い持ってきました」
ずっしりとした袋を差し出すと、村長が警戒しながらそれを受け取る。
「中を見ても?」
「ええ、もちろん」
そろりと村長が中を覗くと、そこには王都では人気であろう飾り物や、換金性の高そうなアクセサリーがたんまりと入っていた。
「こ、こんな……」
思わず目がくらんで、顔がにやけそうになった村長。
そこにすかさずジャンが追撃を入れる。
「どうぞ村長さんの裁量で皆さんと分けていただければ。……ところで、えー……、村には住まわせていただけるのでしょうか?」
ジャンは真剣な顔でお願いする。
ここで断られれば、新たに受け入れ先を探さなければならないのだから、ジャンだって真剣だ。そして十年以上第一線の冒険者としてやってきたジャンの真剣は、ただの村人である村長にとってはちょっと怖い。
土産の勝ちに目がくらんだ上、ジャンの冒険者歴からくる威圧感に押された村長は、冒険者がいたらなんかあった時ちょっと安心かも、とか心の中で自分に言い訳をしながら、黙ってこくこくと頷いてしまったのであった。