森元首相や東條英機の時と同じく、切り取りじゃなく全文を見れば誰でもが分かることなんですがね
どの件であれ感じるのが最初に切り取って拡散したやつ、出てこいや!
と、思いませんか?( ゚Д゚)
悪意を策士だと勘違いしてる勢が、とにかくヤバイっすよね(-_-;)
アカウントを乗っ取る「素人」のことを言ってるのに、主語を改変するかのような、アレ
結局、こいういう所が民主主義の嫌な所ですよねぇ(-_-;)
悪人が民衆に紛れて、動きやすいだけの世界なんですもの
(かといって独裁なんてもっとダメだけどね。なんし、なんでも悪用するやつを炙り出せる社会を作らなきゃダメっすよ)
ってことで、このテーマにて思う話としてみなさん、
「ファン(読者)との距離感について」
なんですが、どう思います??
勿論、大前提として今の私のような底辺作家は当然、距離なんて無いだろ、です。
(そこそこ売れたらさ、コメントも問い合わせとか色々と増えて多忙になり一個一個、全てを網羅なんてできなくなるんだろうし仕方が無くなるんでしょうからね)
その辺も、本当のファンなら分かってくれるはずでしょう。
色んな界隈にて、様々なんでしょうが。
ここでも、YouTubeであれSNSの各エンサーさんや芸能人であれなんであれ
決まり事ってのは、やはり「節度」が無い人が多いから決められちゃうんだぬ((+_+))
例えばで言うとカトリックの厳格な婚姻・中絶・性行為への戒律とか。
学校の校則とか。
芸人さんで言うと「ファンに手を出すような奴」とかも、そういった風習、文化を作っておかないと節操がない事が多く、後々売れた時にそれが下火になってしまうから止めときな、って意味とかもあるのかもしれませんね(;^_^A
ただ、その感覚が「素人」という区分け文化が芸能人側だけでなくファン側にも根付いているようにも感じます。
これからの時代を考えると(ライバーとか地下アイドルとかね)今回の炎上も含めてファンとの距離感なんて無い方がいいんかな、とか感じます(●´ω`●)
「格」だとか「品」「威厳」「価値」
とかを重視して、距離感をすっごくとるパターンも(例えば映画俳優)ありますが、そういう時代ではないのかなぁ、ってね
あ、ファンの手を出す系までを擁護してんじゃないっすよ?(;^_^A
ただ斜に構えるってのは古いんかもね、って話ですからね??
逆に、すっごく理想主義な人の場合は距離感が近すぎると正に『カエル化現象』するみたいな人もいてるんでしょうけれど、そういう系はもう早かれ遅かれなんだし。
大手メディアの有名人の場合は、やっぱりマネージャーシステムがその辺を狂わせる要因かもしれませんね。面倒くさいことは全部マネージャーにやらせるから常識感覚が変になるんでしょう。
昔、そういう自分の感覚が一般とズレると危機感を持って引退する人も少なくはなかったり。こういうことなんでしょうかね。分かりませんが。
「es」って映画、知ってます?
2001年にドイツで製作された映画で、1971年にスタンフォード大学で行われた「スタンフォード監獄実験」という実話に基づいてるやつ
こういうの、好きなんです私(●´ω`●)
だから私の小説も、実話に基づけたり、しなかったり( ´艸`)憧れもあります☆
この映画(実験)は「看守」と「囚人」を『役』で分けて、その環境を何日も繰り返させるという内容です。すると……
って映画なんですけどね
この実験と同じようなことは日常でも身近に起こっていると感じます。それは仕事面や家庭面ですら
そう考えると、恐ろしく思いませんか?👻
自分はそういった自己暗示に近いような「認知バイアス」を歪めるようなことはしたくないなぁ、と、そんなことを感じたここ数日でした(●´ω`●)
チャンチャン♫