※限定公開していたものを通常公開に変更しました。
※このエピソードは以下の内容を含みます。
東雲遥香は想像力が豊かすぎる(KAC20251)
https://kakuyomu.jp/works/16818622170352048024
東雲遥香は憧れられたい(KAC20252)
https://kakuyomu.jp/works/16818622170603114099
東雲遥香は踊らされる(KAC20253)
https://kakuyomu.jp/works/16818622170798570203
東雲遥香はダークサイドに堕ちる(KAC20254)
https://kakuyomu.jp/works/16818622171046169843
東雲遥香は天下無双の名探偵(KAC20255)
https://kakuyomu.jp/works/16818622171249276482
◇◆◇◆◇◆
勉強に身が入らなくなったのか、東雲遥香はぐったりしている。
「もう眠れない振りをしなくてもいいんだぞ」
あの一連の日々は遥香にとっても大変な経験だったはずだ。
「振りをしているわけではない。私は疲弊しているのだよ」
「まだ若いのに」
「若さの問題ではない。あの女のせいだ」
遥香はそう言って拳を握りしめる。
「あの女?」
「四宮涼音だ」
「ああ、先輩か。……年上に対してずいぶん言うじゃないか」
「フン、私は社会のくびきより解放されし者なのだ」
「そういえば、お前のことはいつまで“多次元を跳躍せし闇の翼を持つ者”って呼べばいいんだ?」
遥香はガバッと立ち上がって耳まで真っ赤にしている。
「も、もう忘れてよっ……! 恥ずかしいでしょ! ゴ、ゴホン……、それに、あれは君を騙すための策略にすぎなかったのだよ」
「それにしても、あえてそんな名前にするからには、それがかっこいいと思っているからに他ならないと思うけどね」
「わ、私を論破しようなどとは思わないことだ……」
遥香は重いため息をついて、ローテーブルを挟んだ向こう側に尻をついた。
「それで、涼音先輩がどうかしたの?」
「これを見ろ」
遥香がスマホの画面をこちらに向ける。メッセージアプリが開かれていた。やりとりが見える。
<では、次の日曜日はどうかしら?>
<予定がある>
<では、平日に学校を休むというプランにしましょう>
<待て、勝手に決めるな>
<私はあなたに会いたくてたまらないのよ、遥香ちゃん>
<私には今のところお前に会う時間がないのだ>
<「お前」?>
<ごめんなさい、すずねえ>
「ええと、これは一体何なんだ……?」
「見て分からんのか……! あの女から四六時中こんなメッセージが来るんだぞ」
「『すずねえ』って?」
「そう呼べと言われた」
涼音先輩が冷徹な表情と眼で「『お前』?」と迫って来るのを想像すると、それは本当に呪いの人形と形容して差し支えない気がする。
「会えば先輩の症状も治まるだろ」
「すずねえをコカイン中毒者みたいに言うな」
さらりと「すずねえ」が出てくるあたり、かなり強力に調教された可能性がある。
「じゃあ、僕も一緒に居れば会えるんじゃないか?」
「君、そんなことをあの女の前で言ってみろ。モリアーティと化すぞ。とにかく、私はあの女に会うまでにあらゆる護身術をマスターしておかねばならない」
「涼音先輩を猛獣みたいに言うなよ」
だが、律儀に返信をしているところを見ると、心の底から涼音先輩を嫌っているわけではないようだ。今は彼女と会った時の心構えが必要なのかもしれない。
「そうだ、お前に見せたいものがあったんだ」
「なんだ? 『黒死館殺人事件』の愛蔵版か?」
「そんなピンポイントなものじゃない」
本棚のある部屋に行って、プリントアウトした何枚かの紙を取って遥香のもとに戻る。ちなみに、ぶちまける可能性があるので、勉強中はコーヒーをテーブルに置くことを禁止している。テーブルの上は平和だ。
「お前の絵を描いてくれた人がいるぞ」
「どういうことだ?」
プリントアウトした紙を渡すと、遥香の目が大きく見開かれた。
「なにこれっ!」
「すごいだろ」
「うん! ……ゴ、ゴホン、……ま、まあ、よく描けている方じゃないか」
「嬉しいくせに」
「嬉しいっ! どうしたんだ、これは?」
「カクヨムってサイトに今回の妖精事件のこととかを書いて公開してたんだよ。そうしたら、お前のことを気に入ってくれた人がいてな」
遥香は複数枚のプリントアウトをテーブルの上に並べて満足そうに何度も見回した。ニコニコしている。
「データもあるから後で送るよ」
「これで私も名だたる名探偵の仲間入りだな」
ニコニコしていた遥香がピタリと止まる。
「待て。つまり、君はそのカクヨムとかいうサイトで私のことをネタに文章を書いているということか?」
全て僕が勝手にやったことだ。怒らせてしまったかもしれない。
「ごめん、もし嫌なら──」
「君はまさしくワトソンくんじゃないか!」
「えっ?」
「ワトソンはホームズの手がけた事件を本にしている。君もまさに同様のことをしているというわけだ!」
「ああ、そういえばそうか」
嫌がるかと思いきや、しれっと公認をもらってしまった。これで心置きなく遥香のことを綴ることができる。
ちなみに、ミステリ要素の薄かった『東雲遥香はダークサイドに堕ちる』を「ミステリー」のカテゴリにしてあるのは、遥香の残した一節が暗号になっていたからだ。
「さあ、勉強の続きをしよう」
僕がそう言うと、遥香は素直にうなずいてプリントアウトした絵を大事そうにパーカーのポケットの中にしまいこんだ。
「探偵たるもの勉学も重要だからな」
どうやら模範的な探偵としての自覚が芽生えたらしい。
この“お利口さんモード”がいつまでも続いてくれることを願って。
──了
~~~~~
ファンアートをタンティパパ(タンティママ)さんから頂きました。
ありがとうございます。
KACで公開したエピソードの後日談になります。
お付き合いいただきありがとうございました。