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宝石は過研磨を断固拒否する:エイプリルフールネタ番外編

 この世界には、魔法以下略。



 事の発端は、イアリアが見つけた予言書、もとい、モルガナからの手紙を確認している時に、イアリアの師匠……世界最高の魔法使いの名をほしいままにする、老いも衰えも知らぬ「|永久《とわ》の魔女」が、その内容からある事に気付いた事だった。

「あら? この場所、たぶん知ってるわ?」

 と、何気ない様子で示されたのは、手紙に書かれた中でも一番重要と思われる、邪教の本拠地の位置を示した部分だった。
 案の定パイオネッテ帝国の国土の中にあると書かれたそれは、どうやら「|永久《とわ》の魔女」ことナディネの既知だったらしい。そして既知であるという事は、その座標に対して転移と言う魔法を行使する事が出来るという事だ。
 魔道具という形に落とし込んでようやくイアリア達ナディネの弟子は安全に使えるようになったその魔法は、しかし、ナディネにとっては身1つで使える魔法である。

「この場所を強い光の魔法で照らせばいいのね~」
「待って師匠そんな気軽に言う事かしら」
「いやぁ、師匠にとっては簡単な事だろうし」
「ジョシア兄様?」

 そんな事を言いながら立ち上がったナディネを、イアリアは慌てて止めにかかったのだが、普段なら一緒に止めてくれる筈の兄弟子ジョシアが呑気な事を言っている。

「何を慌てている、妹弟子。お師匠様なら問題なく転移して本拠地を被害者なく潰せるのは確実だろうし、邪教に関する問題はその根本を押さえてしまえば解決する類だろう」
「ハリス兄様が賢い!?」
「俺はいつもこれぐらい考えているが!?」

 そしてもう一人の兄弟子であるハリスは、止めないのはまだしもその理由を理路整然と語ってみせた。その内容自体は正解であり、イアリアも考え付いた事なので、正解を語った、という事に驚かざるを得ない。

「あ、分かった~。お弟子は色々迷惑をかけられたものねー、誰かにお任せしていつの間にか終わってました、は、消化不良かしら~」
「師匠?」
「じゃあ一緒に行けばいいわよね~」
「師匠!?」

 なんて事をしていると、ひょい、とナディネがイアリアを抱え上げた。そのまま大きなぬいぐるみでも抱えるような状態のまま教会の裏庭に出て、そこでナディネが杖を一振りする。
 それだけで、ぱっ、と見える景色が切り替わった。ついでに地面の感覚も無い。そう、そこは、上空だ。

「師匠!?」
「ちゃんと飛んでるから大丈夫よ~。さてと~……あの辺かしらね~」

 悲鳴に近い声を上げて、イアリアは自分を抱えるナディネの腕にしがみつくが、ナディネの方は呑気なものだ。のほほんと変わらない様子で、再び杖を一振りする。
 と。


 上空から見た限りでは特に何の変哲も無かったその場所に。
 巨大な光の柱が出現した。


 ぎょっとして思わずその光の柱を注視するイアリアだが、ほぼ純粋な光の塊のようだ。ただし日の光にしてはあまりにも熱を感じないので、魔法によるもので間違いない。
 邪神の力を相殺するのは光属性の魔力。だからとにかく膨大な光属性の魔力を叩き込めば、邪神本体がそこにいたところでその力を削り切れる。それは間違いない。
 それに見た目は派手でも、ただの光である以上、生き物に対する悪影響はほぼ考えなくていい。精々しばらく視界が使えないだけだ。

「わぁ……」

 そして流石本拠地と言うべきか、上空から見ている間に、その周囲の空気がどんどんと変わっていくのがイアリアには分かった。
 もちろん釈然としない気持ちもあったし本当にこれでいいのかとも思ったし、何より事ここまであれほど苦しめられた邪神がこれで仕留められたというのは、いくら自身の師匠であり人類という単位の中で個人最強を誇るナディネであっても、こんなあっさり勝負がつくものなのかとも思った。
 だが今回、イアリアのその懸念は、一応当たりだったと言えるだろう。

「あら?」

 すっかり周囲の空気が清らかで穏やかなものに変わったところで、ナディネが小さく声を出した。それにイアリアが何か反応する前に、光の柱が細くなって消えていった。
 しかしその、見た目は何も変わらないが光の柱が直撃していた場所から、何かが飛び出して来たのは辛うじて見えたイアリア。それは一度空高く、イアリアとナディネよりさらに高い場所まで飛び上がり、ばさり、と羽ばたく音を伴って、目の前に降りてくる。
 そのまま空中に留まり、こちらを見る姿は。

「久しぶりね、イアリア」
「……姉さん……?」

 背中に黒い翼を広げ、その服も神官服を真っ黒に染めたようなものながら、イアリアでも「本物」にしか見えない、モルガナの姿をしていた。
 病弱だった様子など欠片も無く、だが穏やかな笑みをイアリアに向けるモルガナ。黒い翼を背中から生やした彼女は、自身の胸の前で両手を合わせると、

「ごめんなさいね」
「へ?」
「実はイアリアが見た私の死体、偽物だったの」
「は!?」

 唐突に爆弾情報を投げてよこした。

「あれはイアリアの心を折る為の、邪教の策略だったの。私は生きたまま邪神の依り代にされてしまったのよ」
「そうなの!?」
「けど邪神自身には付け入る隙があったから、頑張って邪神の器を乗っ取ったわ」
「待って姉さん何て?」
「邪神の器に生まれていた魂は、ちゃんと綺麗にして一般家庭の子供として生まれるようにしたから大丈夫よ」
「なんて???」

 しかも爆弾情報は止まらない。
 だがモルガナはにっこりと満面の笑みになると、両手を伸ばしてイアリアの手に添えた。

「邪神の器を乗っ取ったから健康になれたし、これからは一緒に居られるわ、イアリア。ずっと幸せに暮らしましょうね」
「流石に理解が追いつかないわ」
「ちょっと~? お弟子は私のお弟子なんだけど~?」
「師匠もどこでどう張り合っているのよ」

 いつの間にか添えていた筈の手でがっちりとイアリアの手を掴んでいるモルガナ。一方、元からイアリアを抱えていた腕の力を強めるナディネ。いつの間にか取り合いの対象になっているイアリアの声は、どうやら届いていない。
 しかも段々どっちがイアリアを愛しているかのアピール合戦になっている。上空で他に誰もいないとはいえ、自分の恥ずかしいエピソードを誇らしげに語られる事になったイアリアはたまったものではない。
 恥ずかしいやらむず痒いやらな上に、だんだん力が強くなってきて掴まれている手と胴体が痛くなってくるしで、とうとうイアリアは大声を出した。

「私抜きで私の話を進めないで頂戴!!!」



 と、叫んだ瞬間に目が覚めた。
 イアリアが身を起こして周囲を見ると、マケナリヌス男爵領の中央にある町、その教会で借りている部屋だった。深呼吸をしてから寝る前の事を思い出すと、モルガナの手紙について一通り「予言」部分を確認し、これからの方針を決めて一旦解散になった筈である。
 つまり、今のは夢。そう判断して、

「……ハリス兄様が賢い辺りで気付きなさいよ、私」

 どう考えてもおかしかった、最初の部分を思い出し、深々と気疲れ由来のため息を吐いた。






「宝石は最短決着の夢を見る」

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