ん~~なるほどねぇ✨
以前私が読んでいた陰陽師さんの妖怪話は、(消えちゃったので多分カクヨム自体を去られたのだと思う)どこが面白かったというと、妖怪や怪異が人間に対して容赦が無かったところが凄く好きでした。
今日読んだ妖怪話は、どっちかというと妖怪が人間寄りと言えるのかなと。
人間の情け深さなどに理解を示していたので。
以前の陰陽師さんの妖怪話は、半妖が人間に懐いたりはしていましたが、基本妖怪や怪異は人間に祟ると、容赦なかったです。
例え誰かを呪うために怪異を発生させて、相手が反省したから「もういいよ」って言っても「そうかじゃあ止めてやろう😊」って感じでは無く、
「そうか……ではお前を代わりに食おう!!!!!!!!!」
みたいな恐ろしさがあった。
そしてあの容赦のなさが、人間の理で生きていないことをまざまざと見せつけるので、異質な感じがして、私は大好きでした。
今日読んだお話まだ序盤なので分からないのですが、
要するに「もうやめてあげて」って人間が善意でお願いしたら聞いてくれたんすよね。
そういうところ人間に対しての歩み寄りが見えて、
私の【ドラゴン】なんかもそうですが、
【妖怪】なども結局目に見えないもの。空想の物です。
つまり人それぞれに「私の妖怪」「私の怪異」みたいなものがある。
こういう人それぞれの中に理想や解釈がある、現実にないものというのは、
【作者が何を伝えたいのか】
で結局形を変えて来るのだと思うのです。
あの陰陽師さんの話は、作者さんが恐らく「怪異、異界には人間が安易に関わってはいけない。関わっただけで人生が根こそぎ変わってしまうものだ」という、どっちかというと暗部。禁忌。恐ろしさの方を真剣に描きたかったのだと思います。
ふざけて怪異を生み出そうとしたりしてる人間には必ず報いが来るパターンだし、
触れてみた異界の理が嫌になって「もういいよ」って言っても、絶対「そんな都合よく行かないよ?」って闇の中で何かが嗤うような、そういう恐ろしさがあった。
でも、私はその雰囲気がすごく好きでした。
真剣に、恐ろしさや、人間の考えの甘さの愚かさを書いてる感じ、
言うなれば厳しい感じの話を書いてる雰囲気が、あの作者さんが自分の中に世界観をもう揺るぎなく確立してる感じが伝わって来て、あれもプロ級の方でしたね。
すごく私はあのダークで厳しい感じの世界観が好きでした。
生半可じゃない感じ。
対して本日見た妖怪話は、やはりどっちかというと妖怪と人間の融和、優しさなどを書きたいのかなという雰囲気は感じました。
ゲゲゲの鬼太郎さんがお好きだってプロフィールに書いてらっしゃったなあ。
残念ながら私は全くゲゲゲの鬼太郎を知らず 鬼太郎・目玉親父・一反木綿だけは知ってます あと目玉親父が鬼太郎のパパの目玉らしいってことは聞いたことはあるけど定かではないし、鬼太郎が何者なのかも全くと言っていいほど知らないし 何が出来る能力があるのかも知らないのですけれど、
ただあれもなんか、妖怪仲間達と力を合わせるような描写もあるような感じするので、どうなんでしょうか。真性の恐怖を書くというよりは、人間界との融和をテーマに描いているのかなあ……?
申し訳ないこのあたりが判断付かないので何とも言えないのですが、
恐怖よりは、希望のようなものを描きたいのかな、というようなのを感じましたね。
優しさのようなものが今日読んだ方にはあった気がする。
容赦ないダークな感じも好きだと言いましたが、
このように異界の者と人間界の融和などを主軸に、優しさなどをきちんと描いてみるなんていうのも私は好きですよ。
というか、やはり作者さんが「これをテーマに伝えたい」というようなものがきちんとあれば、そういうのは作品に出ますからね。
私が一番嫌いなのは作者がテーマを絞り切れてないみたいな「結局何が一番伝えたいの?」っていう迷子になってるパターンなので、
テーマが見えて来るっていうのはやはり上手く描いている人の判断ポイントの一つだと思います。
ゲゲゲの鬼太郎がお好きだから、ああいう最後の最後で優しい描写になっているんだろうか?
どうなんだろう。
でもいいですね😊✨
好きな作品の、どういう部分が好きなのかが語らずとも伝わって来る感じ。
作品から良き部分をリスペクトとしてもらってる感じが伝わって来るのは。
要するにこういうのなんですよ。
読む人、見る人も、力があればいい所を作品で見つけられるのです。
全ての世の作品が「良作」っていうわけじゃないじゃないですか。
それに作品として、いいものを読者に与える割合が高いものと、悪いものを読者に与える割合が高いものとかもあるし、
人によってそんなにいい作品じゃないのに、その人はものすごくいい養分をその作品から得る人もいますし。
要するに作品にはいい面と悪い面は潜在的には必ずあるのです。
優れた戦記物でも、
ある意味で戦争を賛美しているようだ!! なんて悪く受け止める人もいるかもしれないし。
ただ、「好きな作品」からは良いものを受け取りたいものですよね
というか私の場合は良いものを与えてくれるから「これは良作だ」と感じるようにもうなっています。自分の中の善悪基準などもしっかり出来てるので。
戦記物から戦わなければならない人間の葛藤などを丁寧に受け取る人もいれば、
破壊!! 一人で千人殺す最終兵器!! かっこいい~!!! などと破壊方面ばっかり憧れて受け取る人もいるわけですよ。
「この作品好き」
と書かれていて、その人の文章を読んだ時に、
たまにその作品の何を受け止めた人なのかが分かるときありますね。
あああああなるほど!!! だからこんなに素敵な話を書いてるのか!!!
わかる!!! わかるよ!!!
っていう人もいれば
ああ……なるほどね……だからこんなガチャガチャした文章なわけか 憧れちゃってんのね みたいな人もいますからね
いい作品でも感受性の低い人は
「何故あの作品でよりにもよってそこしか受け取らなかった!!!?😇」
みたいなパターンもあります
結局ですね。
いい話を書くには自分自身の感性、感覚、良識などを磨くしかないんですよ。
個性があれば話を書けると思ったら大間違いです。
確かに個性があれば話は書けますが、プロでも内容があまりに物議を醸すような内容の場合は、社会から警告を受けます。
決して何もかも感性のままで書いていいわけでは無いのですよ。
例え自分は楽しく書いていたとしても、大半が不快感を抱くような話を書いているようでは私はそれもある意味、プロにはなれない要素の一つだと思っています。
別に立派な話を書く必要はないと私も思っていますが(心に不良が住んでますからね!✨)
ただ犯罪を賛美したり、ひたすら残虐な破壊シーンを書きまくったり。
個人で書くのは全然こういうのも自由だとは思いますが、仕事になるほど需要はないのでプロにはなれないと思いますね。
ただ書くのは本当に自由ですよ。
何を書いてもいい。
ただそういう大半の人が怒りを覚えたり不快に思ったり憤慨するような話を書いてる人がプロを目指しています!! とか言うてる場合は、ちょっと考え方変えなきゃプロとして無理やろと思ったりしますね。
アスリートとかでもそうですよ。
天才的なプレーを出来る奴でもあまりに素行が悪いと出場停止になって引退とかする人本当によくいるので。
アスリートも才能あれば何でも許される世界というわけでは無いのです。
天才的なプレーヤーなのに女性に暴力振るって警察沙汰になってそのまま引退とかありますからね。
それはもはや、ある意味プロになってないとも言えるのです😇
何でも書いていい。
されど何でも書いていいわけではない。
これは非常にプロになりたい人は意識して持っていなければならないと思います。
プラス、
自分の話の中で「これを一番伝えたいんだ」という大きなテーマは常に持っていると、作品を書いてる時も行く先がブレないでしょう✨
妖怪や怪異は本当に作者のスタンスが率直に現われる話の一つだと思います。
妖怪や怪異を使って、【一体何を一番伝えたいのか?】
私は妖怪や怪異系の作品見る時ここ見ますね。
その部分が見えて尚且つ素敵だと思ったらやっぱファンになります。
しかしその部分が見えなかったり、
一番伝えたいことがそれか……狐娘のネコミミか……などという塩梅だったらファンにはなりません!!😇
いいか!!!
長編小説は壮大であれ!!!!
長編小説よ大志を抱けです!!!
長編小説でしょーもないことをテーマに持って来るな!!!!
そういうのは短編でせい!!!!🥰