エリオット殿下が単純でよかったわ。
うふふ。
『聖剣の審判』で100日後に復活?
そんな伝説、わたくしだって信じていないわよ。
あたりまえでしょう。
いくら『聖剣』が、人間の体を貫いても血を流さないという不思議な剣であっても、剣で心臓を貫かれれば、人は死ぬの。
『伝説』なんて、建国神話というだけのモノでしょうに。
わたしはねえ、もう死にたいの。
疲れたの。
もうどうでもいいの。
ディラン様に捨てられて。
好きでもなんでもない王太子の婚約者にさせられて。
このまま貴族学園を卒業したら、婚姻を結ばされて、子を産まなくてはならなくなる。
嫌。
好きでもない男に、わたくしの体を蹂躙され、妊娠して、子を産むの?
冗談ではないわ。
気持ち悪い。
だったら、このまま。きれいな体のまま、死なせて。
そう、わたくしは死にたいの。
だから、わざと『聖剣の審判』を提案した。
馬鹿な王太子殿下が上手く引っかかってくれてよかったわ。
しかも。
『聖剣の審判』を行うまでは、手続きや警備の配置など、準備期間が必要なのよね。
その期間で、わたくしはこの手記を書いている。
ええ。わたくしの心情を、余すところなく、書き残すのよ。
うふふふふ。
楽しいわ。
だって、ねえ。
王太子の婚約者にさせられたあの日から、今の今まで。
ディラン様はたったの一言もわたくしにかけてくださることはなかった。
わたくしからの求婚に承諾したのは、侯爵家からの圧力故だったでも。
本当はわたくしなど愛してはいなかったでも。
逆に愛していたけれど、わたくしの父から脅されて、わたくしと駆け落ちをすることができなかったとでも。
いいえ、いっそ、「すまない」という一言だけでもいい。
なにか、わたくしに言ってほしかった。
わたくしは、ディラン様のお気持ちが知りたかった。
手紙の返事もない。
目が合っても、視線を逸らされる。
でもね、今の『聖剣の騎士』はディラン様なの。
『聖剣の審判』で、わたくしの心臓に、『聖剣』を突き刺すのはディラン様。
ああ……、なんて素敵。
あれから初めて。わたくしたちは向き合うの。
『聖剣』を構え、わたくしの心臓に、ディラン様が『聖剣』を突き刺す。
その短い間で、ディラン様は、わたくしに何か声をかけてくださるかしら?
かけてはくださらないかしら?
まあ、それでもいいわ。
だって所詮「伝説」だもの。
『聖剣』なんて、血を流さずに、人を殺せる単なる武器だもの。
わたくしは、ディラン様の手によって、死ぬ。
うふふふふふ。
ああ、嬉しい。これ以上の喜びがあるかしら?
ディラン様が、このわたくしを、殺すの。殺してくださるの。
うふふふふふ。
『聖剣の騎士』のお役目だからと、何も思わないかしら?
それとも……わたくしの手を取らずに、わたくしを殺す運命となったことを悔やむかしら。
あははは、はははは。
ディラン様が、後悔と共に生きてくださるのなら、わたくしは嬉しいわ。
一生、ディラン様の人生を、わたくしという存在で縛れるのですものっ!
ああ、愛しておりますわ。そして、憎んでおりますわ、ディラン様。
うふふふふ。
さあ、わたくしを殺して。
できることならば、悔やんでくださいね。
あの日、あのとき、わたくしと共に、すべてを捨てて、駆け落ちをしなかったことをっ!
うふふふふ。
あははははは。 ≫
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……以上が、『オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の手記』からの抜粋。
先日、わが社の新聞に掲載し、飛ぶように売れた、その再掲である。
本日も、再度この記事を、新聞に掲載したのはなにも手抜きではない。
もう一度、彼女の手記を読者諸君に読んでもらいたいからだ。
十日前、オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢が『聖剣』による『審判の刑』に処された。
このことをご存じの読者諸君もご存じのことだろう。
円形闘技場に足を運び、実際に『聖剣』に心臓を突かれたオリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の姿を見た者も多くいるだろう。
オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢は、円形闘技場の中央に置かれた椅子に座り、そのまま100日間放置される。
今は、まだ『審判の刑』が行われ手からすでに三十日ほどが経過した。
その間、処刑場の観客席から、彼女の姿を見に行く者は大勢いる。
そう、この記事を書いている記者である私もだ。
『審判の刑』など単なる『公開処刑』
そのはずだ。
なのに、『聖剣』で心臓を貫かれたはずのオリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の死体は……腐っていない。
生きてはいない。
心臓を剣で貫かれたのだから。
もしも、剣で貫かれていなかったとしても。
すでに三十日、磔となって、放置されているのだ。
生きているはずはない。
なのに、死体は腐らない。
これは、もしかしたら、『伝説』は本当で、100日後、彼女は復活を果たすのかもしれない。
この記事を読んでいる読者諸君。
嘘だと思うのならば、君たちは君たちの目で、処刑場の彼女を見るがいい。
美しい人形が、そこにいる。
遺体のはずなのに、腐らずにいるその体を、見るがいい。
……刑から100日後。つまりはあと七十日。
『伝説』の再来を、我々は、この目で見ることができるのかもしれない……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねえ、オリヴィア。人間でさあ、こーんな新聞が発行されているけど、これ、ホントウのことなの?」
神様がわたくしの目の前で、ピラピラと新聞を振る。
「あら……。わたくし、自分で書いた手記を、あちらこちらに送りましたけど。新聞記事になるとは思いませんでしたわ」
あらあらあら~と思いながら、わたくしは、神様から新聞記事を受け取って読む。
ふむふむ。
なるほど。
「王都の皆様に娯楽と言いますか、話題を提供できて、わたくしもある意味、満足ですわ」
「あーのーねえ、オリヴィア。君のことでしょうに。なんでそんなに平然としているの」
「だって、別に。このまま死んでも、生き返っても、どちらでもわたくしは構わないんですもの」
にっこり笑って、神様に言う。
「それよりも、神様。わたくし、喉が渇きましたの。お茶か何か、いただけます?」
「ホント、君って、神様に対する敬意が足りないよねっ!」
神様は文句を言うけれど。
何もない真っ白な空間にテーブルと椅子をどこからともなく出してくださって。
そのテーブルの上に、二人分の紅茶を用意してくれた。
用意と言っても、指をぱちんと鳴らしたら、出てきたというだけだけど。
「まあ……。何度見ても魔法のようですわ」
感嘆の溜息を吐く。
「そりゃあねえ、これでもボクは、神様だからねっ! 自由自在になんでもできるんだよっ!」
えっへんと胸を張る神様は、ちょっとかわいらしい。床に着くほどに長い髪の、その毛先がひょこひょこと、動く。なごむわ。
しばし黙って、お茶をいただく。
「で? この手記の、どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘なんだよ」
あら、しつこい。
まあ、でも、神様は『聖剣の神様』とのことですから、本当のことをお話しするのもやぶさかではないですわねえ……。
わたくしはティーカップをソーサーに戻してから、にっこりと笑った。
「まあ、嘘は少々、ほとんどが真実ですわ」
「……どこが、嘘なんだよ」
「もちろん。わたくしがディラン様を愛しているというトコロですわ」
「へ⁉」
目をまん丸くされた神様に、わたくしは思わず声を上げて笑ってしまった。
「ああ、初恋というのは本当ですわ。十歳の時、わたくし、本当にディラン様に恋をしました。駆け落ちを提案したことも本当」
「その辺までは、手記の通りってこと?」
「ええ。確かに愛してはおりましたね。ですが、わたくしを裏切り、そして、言い訳も何もしてこない。会っても目を逸らす。そんな殿方を、いつまでも愛していられると思いまして?」
わたくしがころころと笑えば、神様は床まで届くような、長いゴールデンイエローの髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。
「じゃあ、なにかい⁉ あの手記の『ディラン様が、後悔と共に生きてくださるのなら、わたくしは嬉しいわ。一生、ディラン様の人生を、わたくしという存在で縛れるのですものっ! ああ、愛しておりますわ。そして、憎んでおりますわ、ディラン様』なんて言うのは、ぜーんぶ嘘ってこと⁉」
「あら、嫌ですわ。音読なんてされると、わたくし、少々恥ずかしいのですけれど」
書いていたときは、ノリノリでしたけど。
今、こうして書いたものを読まれますと……、お恥ずかしい。
「ていうかさあ、君、じゃあ、何をしたかったの⁉」
「もちろん、いろいろですわ」
「いろいろ……」
「時間がありますから、懇切丁寧にご説明申し上げましょうか」
わたくしは、神様に、もう一杯お茶を所望した。