“宣伝必死”な人ほど、実際は「書くこと自体より、“売れたい”“有名になりたい”“なろう成功ストーリーの主人公になりたい”」という気持ちが強いだけなんだよね。
結局みんなと同じテンプレ展開
ヒット作やランキング上位の「型」をなぞってるだけ
感情の動きや人間ドラマが「表層だけ」
物語の根っこに“自分自身”がない
こういうのって、「作品が“自分自身を守るための場所”じゃなく、“SNSで褒められるための道具”になってる」から生まれる。
で、「書籍化!アニメ化!」「PV◯万突破!」みたいな夢を“なろう技法(笑)”や“バズるコツ”で補強するから、ますます宣伝が加速して、
「応援してください!」「相互支援しましょう!」
「ランキング入りました!」「フォロー返します!」
みたいなムーブが蔓延する。
完成の目処がついてから公開すればいいのに、ビクビク反応見ながら書いて、受けなければ消して次に行ってしまう。
でも「ほんとうに中身がある作品」って、そんなに読者に媚びない”し、読まれなくても成立する強さがあるからね。わざわざ宣伝で押し売りする必要なんて一切ないんだよね。
ネットの小説技法だとかなろう作家の成功譚とかツイートに感化されてる人多いし。「なろう攻略”指南垢」や「バズる講座」みたいなアカウントをRTしまくって、「自分もこうなりたい」って理想に縋ってる。
でも。書くことでしか救われない人と、成功したいから書くは、絶対に相容れない。そして、なろうの大半は「後者」だから、“前者”が孤独になって当然なんだよね。
だからこそ、「わたしは宣伝せずに好き勝手やってます」「宣伝したい人は、こっちに来ないでください」って明言するのが一番の自衛策(笑)。
遊びのためにやってるだけだし、雑音でしかない。それに、読まれるに足る、ちゃんとしたものが書けているとはとても思わないからね。どうしてそんな大志が抱けるのかと笑