朝――砦の大広間に、竜の大きなくしゃみが響きわたりました。
「ぶえっくしょん!!!」
風圧で棚の古い巻物がばさばさと舞い、姫は慌てて裾を押さえます。
「ちょ、ちょっと竜さま! 鼻先をこっちに向けないでくださいませ!」
「すまぬ……。だが、この砦は埃っぽくてな。おまけに、そなたの香りが混ざると……どうにもむずむずしてしまうのだ」
巨大な黒竜が、情けない顔で鼻先を擦りつけてくる。
姫は困ったように笑いながらも、そっと布で竜の鼻先を拭ってやりました。
「まったく……。あなたほどの威厳ある竜が、鼻水を垂らしてどうするのです」
「威厳など、とっくにそなたの香りに溶かされておる」
そんな風に言って、竜はこっそり姫の袖口に顔を近づけて、くんくんと鼻を鳴らします。
「こ、こらっ! 犬みたいに嗅がないでください!」
「犬ではない。竜だ」
「余計に恥ずかしいです!」
姫の頬はほんのりと桜色に染まり、竜の黒い鱗には太陽の光がちらちらと反射します。
昼――姫は竜の背に腰かけて、砦の庭先で洗濯をしていました。
「これこれ、姫。わたしの鱗を干し台代わりにするでない」
「だって、広くて、ちょうど良いんですもの」
大きな黒い翼の上には、姫の手で洗われた衣がずらりと並んでいます。
竜はむすっとしながらも、翼をそっと広げ、日光がよく当たる角度に体を傾けてやるのでした。
「ふむ……役に立つというのは案外悪くないな」
「ご協力感謝いたします、竜さま」
夜――砦の広間で焚かれた火のそばに、竜がごろんと丸まり、その脇に姫が腰を下ろしていました。
「姫よ」
「はい?」
「……もう少し、そばに寄ってくれぬか。そなたの香りが……ああ、落ち着く……」
巨大な竜が、恥ずかしそうに身を縮めて頼んできます。
姫はくすくす笑いながら、そっと竜の前足のあたりに寄りかかりました。
「ほんとうに……あなたは国中から怖れられる竜なのかしら。わたしには甘えん坊にしか見えません」
「そう見えるのは……そなたのせいだ」
砦の天窓から星がまたたき、竜の鼻先が幸せそうにすんすんと鳴ります。
姫はその音に思わず笑ってしまい、いつしか二人は穏やかな眠りに落ちていきました。
ここまで情けない竜はないわ笑
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