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第4話:『旧バージョン』


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「教えてくれない? 神代(かみしろ)君が考えている『役に立つ証明の方法』」
「……そんなものはない」


 わたしは言葉を失い、気が遠くなる。
 心が身体を離れて、虚空(そら)へ飛んでいった。

 そして宇宙をただよった。遠くに青く清浄なる地球が見える。
 わたしはカモメ、メダカ、カタツムリ……


「おーい、八巻(やまき)さーん、生きてるかー」

 ハッ!

 意識が戻ってきた。
 神代君に体をユッサユッサされている。

「何かを……なんだか重要な何かがわかりそうだった……生きている理由とか……」

 もう少しでアカシックレコードまで行けた気がする。

「ボケは僕の役割なんで、取らないでくれる?」

「ごめんなさい。って、証明の方法がないって、君が言うからじゃない!」

 神代君はわたしの抗議を無視。
 部室の壁に掛けられたホワイトボードに何か書き始める。

「まあそう言わずに。何かうまい方法がないか、作戦を考えてみないか」


 ◇


『七日市(なのかいち)先生は文芸部を潰して別の部を作りたい』

 ホワイトボードにそう書かれていた。

「こういうことなんだね?」
「乙女のカンだよ。略してオトカン。結局先生自白っぽいことを言ってるけど」

 折角推理したのに、すぐ自白した感じになって悔しい……だからわたしのカンであることは強調した。

「オトカンはいまいちだけど、スカウトしている現場、僕も見た。鉄板だろう」

 ダメ出し食らった。

「それはともかく、七日市先生の考えにはちょっとした穴があるんだ」

 どういうこと?

「今回部を何とかするためには」

 彼はホワイトボードにキュッキュッと『文芸部の生存戦略』と書いた。更に続けて──

『① 部誌を出すこと』
『② 僕らの活動が無駄ではないことを証明する』

「この2つが必要」

 うんそう。

「前回の部誌廃棄数を問題にされたけど、①の条件に数字は入っていない」

 ……あれ、そうだったカナ?

「そうだよ。だから、僕らは何でもいいから部誌を出せばいい。簡単に条件クリアだ」

「だとすると、先生にしては凡ミスかな」

「教頭先生や学年主任に見られてたし、焦ってしまったんだろう」

 どこの世界でも、上司に見られると緊張して失敗しやすい。
 おとーさんがそう言ってた。

 いや、ちょっと待って。わたしはパイプ椅子から立ち上がって神代君からペンを取ると、『① 部誌を出すこと』の下に『神代君が書く』と書き加えた。

「これがないと、部誌出せないんですけど?」

 神代は明後日の方向を向いて頭をかく。
 誤魔化してる……

「なんなら、君の中学生時代作品をまた載せる手もあるけど?」
「それはやめてくれ。勝手に載せるのはナシだ」

 あまりにも神代君が書けないので、6月号は彼の新作を諦めた。
 その代わり、わたしが持っている神代君の作品集を提供。

 そこから前部長が勝手に数作をチョイスして掲載した。
 まだそのことを根に持っているようだが、どうしてそこまで嫌がるのだろう。

「ちなみに過去改変モノが1作未発表だよ?」
「アレはダメだ。ありきたりすぎる。捨てても良いまである」

 神代が発表すると言い始めても、わたしは『アレ』を部誌に出すつもりはない。
 その原稿はわたしの門外不出バインダーに入っている。

 『アレ』はわたしのNo.1なんだ。他の子には見せたくない。
 本人にはそんなこと言えないだろう。絶対からかわれるだろうし。

「そうだよね。アレは捨てる代わりに私が持ってるから」
「なら、大事に持っていてくれ。いつか役に立つかもしれない」

 わかったわかった。

「絶対書くから。待っててくれ」

 おっ、久しぶりにやる気じゃん。

「どこかに書くのが楽なテーマ転がってないかな。八巻さん、何かない?」

 おいおい、それは考えて欲しいぞ。
 思いついてたらとっくに伝えてるし。


 ◇


 次は、これが必要だ。
 わたしは『神代君が書く』の隣にこう書いた。
『六島(むしま)さんに原稿を出してもらう』

「それは僕から──」

 一瞬だが、神代の顔が嫌そうで嬉しそうな、微妙な顔になった。

 六島杏奈(むしまあんな)さんは、今の文芸部では看板作家なんだけど……
 例の『ライト文学同好会設立騒動』以来、部室には来なくなっていた。

 わたしにとっては、高校で知り合ったクラブ仲間であり友達だ。
 また部に来るようになって、原稿を提供してくれるようにしないと。

 だけど──わたしの心にトゲがささった気がした。
 神代君と六島さん、最初からやり取りがとてもぎこちない。
 2人はこのクラブで初めて会ったはずなのに。

 何度かそれとなく理由を聞いてみたが、いつもかわされてしまう。
 これは2人の過去に何かあったと、カンがささやいている。

「それはわたしが言うから」

 カンがささやくから、そうするんだ。
 マジそれだけだから……たぶん。

「あ、ああ。わかった」

 同意してくれたのは良いが、あっさりし過ぎて気味悪い。まぁいいか。

「出したと言っても、部誌が薄かったら先生に文句を言われるかもしれない。僕や六島さんが書いても部誌はまだ薄いだろう。それに原稿を落とすことも考えて……」

「……落とすとか縁起でもない。来年度、たくさんの新人に入ってもらって、書いてもらうんでしょう? 新入生クラブ説明会、頑張らないとね。内容考えておくから」

「頼む」

 手を合わせて、拝まれた。
 仏像かっ。

 わたしは『新人を入れて、作品をたくさん書いてもらう』と追記した。


 次に神代君は、ホワイトボードの『② 僕らの活動が無駄ではないことを証明する』から、『① 部誌を出すこと』に矢印を引いた。

「②の条件、これは考え方次第なんだ。①に入れてしまえる。部誌をこれまで以上に大量配布できれば……」

「なるほど。ほら、これだけ評価されているんですよ、わたし達は。役に立っているでしょう? なんて、ドヤ顔で言えるって訳ね」

「後は僕がゴリ押しでなんとかする。職員室の時みたいに。これがプランAだな」

 でも、ちょっと待ってほしい。

「大量配布、どうやってするの? 3倍配布とか言ってたけど」
「だから、まだ考えてないって」

 穴があるのは、神代君の頭でした。

「一度頭をのぞかせてくれない? 君の頭に開いてる穴、針と糸で閉じてあげる」

 代わりにその空っぽの頭へ、わたしの画像を大量に流し込んであげる。
 わたしで頭が満たされて、寝ても覚めてもわたしを思い浮かべることになるのよ。

 口から鼻から、穴という穴からわたしの画像が流れ出て……ウフフフフ。


 ハッ!


 ちょっとやりすぎ。
 ……これじゃわたし、ストーカーじゃん。


 わたしがつまらない妄想している間に、神代君は長椅子の上で寝転がっていた。

「一体どうしたの?」
「MPゼロ……活動停止……」

 そして、丸まってダンゴムシみたいになった。
 彼の目に光がなくって……大丈夫ではなさそうだ。

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