フレディー・マーキュリーの死後に出たアルバム「メイド・イン・ヘブン」のタイトルクッソかっこいいんですけど、でもあんまり好きじゃないんです。
フレディーの死はファンの間である程度予期されていたし覚悟もあったと思うので、衝撃ではあったけど突然の悲報ではなかったんだと思います。だからこそ「まだ終わってねぇ」っていう意味で「天国より」っていうタイトルはクッソいいんです。
沈んでいくファンの心に向けてフレディーの未発表の創造性を届けたらぶちあがりますよ。昇天しちゃいますね。
でも一方でやっぱりメイド・イン・現世であってほしかったな強く思います。だってきっとあのアルバムにはまた別の名前があったんだと思うんです。でももう天国よりって言うしかないじゃないですか。フレディー・マーキュリーの居場所はこの世だったと思うんです。死後が先頭に来るのではなくて一緒に生きる私達へ向けた言葉であってほしかったなと思います。
だから時々聞いてます。聞くたびに思うんですよね。
彼の死後数年でエイズになっても安定して生きていける薬が実用化されてるんですよ。もしエイズの初期の頃に世界が偏見ではなく治療を目的に全力出したら間に合ったんじゃないかなって。
やっぱり経済が安定していたらそういう研究ってより早く進むと思うんですよ。なのでにこにこ貧困暮らしで納税額も少なく行政に甘えてぬくぬく生きる自分の暮らしがまた別の人を間に合わなくさせているのかなと思います。極僅かにですけどね。
だからやっぱりメイド・イン・ヘブンが好きです。ちゃんと教えてくれる。「私はこのアルバムの本当の名前を知りたかった」「もっと長生きしてほしかった」「フレディーのいるQueenのライブに行ってみたかった」だからもう少しちゃんと生きようと思えます。
なんかこう、そんなにむずかしいことではないと思うんですよね。何がしたいのか、どう生きるのか。むずかしくないんです。哲学や法学が大好きで触れているけどそのたびに思います。他の学問でも一緒かもしれない。別に根っこは全部むずかしくない。
〇〇だから〇〇する。それだけだと思うんですよ。かなしいからよくする。たのしいから続ける。やめてほしいから怒る。しっかり読んでいくと全部そうなんですよね。それだけ。
そういうことをちゃんと伝えていきたいなと思います。多くの人はすぐに小難しく固執しちゃいます。どれだけ高尚か、またはどれだけあっけらかんとしてるか。そうじゃなくて、すべての根っこは同じで、どう思い、何をしたいのかだと思います。もちろん深めていくとぶつかることはあるんですが、その時にだってできるだけ根っこの部分は肯定したいなと思うんです。
誰にとってもこの世が居場所だと思うので。天国からなんて言わせたくないですね。なんなら冥土・イン・現世でもいいですよ。別にこの世がいいものだとは思わない。それでも肯定できると思うんです。
好きな音楽を、ジャンルを問わず作り続けたQueenの楽曲が好きです。ブレブレだって批判もあったみたいです。エイズや同性愛の偏見の中で自分らしく生きたフレディーが好きです。たぶん最高に幸福ではないんですよね。フレディーにとってこの世は天国ではなかったかもしれない。
だって私も色々言いながら引き続きにこにこ貧困暮らしをしてるわけで。これだけ好きだって言ってる奴が理性と決意を持ちながらも最善を尽くしてない。
私を見たらわかります。そりゃこの世は酷いもんですよ。フレディーのこと好きな私でさえ、ひょっとするとフレディー自身でさえ、自分のために最善を尽くし切れていないのかも。でもだからこそ、そんな中でより良くなろうとしたことが好きなんだと感じます。
不幸でも、貧しくても、幸せでも、お金持ちでも、たぶん本質はそこにあるんだと思います。この世はクソかもしれない、だから良くしたいです。わくわくします。
つまり光に満ちた天国だと私の輝きでは足りないかもしれない。フレディーでも。だけどこの世界が暗いなら私は信じられないくらい輝いてると思います。フレディーには負けるけど。
単純と言いながら複雑になってきました。良い感じです。みんなそれぞれのややこしさを抱えて、こんな風に生きたらいいのになと思います。
物心ついた頃にはもういなかったアーティストのアルバム聞いて飛躍して世界がどうのと言い出し、力になりたいみたいなこと言いながら怠惰で、単純だとか複雑だとか天国とか冥土だとか矛盾をかかえ、そんな風に生きながらちょっと良くします。
やっぱり私って最高ですね。こんなややこしいものを最後まで読んだあなたもです。よくわからんけどなんかよかったでしょう?だからこんな感じでいいんだと思うんです。
まとまらなくても、よくわからんくてもいいので、みんなそれぞれの最高でいきましょう。