• ラブコメ

次に書きたいな〜と思ってるやつ

「私と、付き合ってください!」

 あぁ、まただ。

 茜色の夕暮れが辺りを満たす放課後の校舎裏。
 下駄箱に入っていた手紙通りに指定された時刻にやってきた俺、竜胆《りんどう》真名《まな》は一人の女性に告白を受けていた。

 年頃の男子なら相手が意中の相手でなくとも告白は少なからず嬉しく感じるモノだろう。例に漏れず俺もそうだ。
 ただ、今回は素直に喜べない状況だった。

 面識のない相手。俺の顔に一向に向く気配のない視線。わざとらしくもじもじとさせている指。呼びだして開口一番の告白。どことなく、『薄い』。

 考えてみれば、下駄箱に入っていた手紙もノートの端をちぎったような紙切れだった。もし仮にこいつが本当に俺のことを好きなら、もう少し手の込んだ演出をするのではなかろうか?

 そして極めつけには、感じる視線。
 俺は他人よりも向けられる視線に対しては敏感だと自負しているし、大概俺の勘は外れない。
 
 これらの事から導き出される解はすなわち、

「……ごめん、いつまで続けんの?」

 「はぁ?」と心底機嫌悪そうな声と共に付近の倉庫の影からぞろぞろと姿を現した数名の生徒。俺のクラスのカーストトップのグループだ。

「お前つまんねーなぁ……せっかくさえない竜胆くんに青春させてやろうと思ったのに」
「そーだよ。分かってても演じろっつーの」
「はぁ……俺の事馬鹿にするしか楽しみがねーのかお前らは?そんなんだから成績が悪いって叱られんだぞ」

 ジャブ程度にからかうと、数名が視線を鋭くして睨んでくる。自覚があるなら改善の意思を見せてほしいところだ。
 こいつらは性格が悪いのはもちろんの事、時折こうしてクラスの奴らを揶揄っているらしい。現に俺は数回程こういったいやがらせに近い何かを吹っ掛けられている。いい迷惑だ。

「おいおい、そんな冷てぇこと言うなよ。せっかく《《凡才》》のお前に付き合ってやってるのに」
「誰が付き合ってくれなんて頼んだんだよ、紫雲《しうん》?」

 グループの中心に立っている長身の男は紫雲《しうん》晃《あきら》。
 うちの野球部の期待のエースらしく、二年生ながらに主将を務めている。
 成績優秀で部の顧問からは熱い信頼を受けているが実際はただの性悪野郎で、自分以外の人間を見下しているクソ野郎。こんな奴を信用している奴が少なからずいるのが不思議だ。

「お前、部活はどうした?今日は野球部は練習だったろ」
「俺は他の奴らよりできるからいいんだよ。お前みたいな凡才とは違うんだ」
「お前も飽きないな……じゃ、俺帰る」
「ふん、つまんねー奴!」
「ああいうのが犯罪に手出しちゃうんだよ」
「あいつが通り魔なんじゃねーの?」

 俺は踵を返してその場を去った。背中に何やら小言を言われていたような気がしたが、いつものように聞こえないフリを決め込むことにした。

▼▽

 人間は嘘をつく生き物だ。自分に対しても、他人に対しても嘘をつく。

 人は自分の心の中に『本当の自分』を飼っている。
 自分の欲望をそのままに表した、他人には見せることのない自分。それが『本当の自分』。
 誰しも、本当の自分を隠している。嘘で偽り、嘘で馴れ合う。
 
 嘘をつくのは仕方のない事だとは分かっている。嘘をつく人を非難するつもりもない。
 ただ、俺のような《《嘘を見透かせる人間》》は生きづらい世界なんだなと思う。その分、夜に散歩なんてものをしたくなってしまうぐらいには平和なのだろう。
 
 どんなことを話していても、嘘が見えてしまうと途端に距離が離れたように感じてしまう。実際、それは自分が勝手に一歩引いているだけに過ぎないのだろうけど。
 そのせいで俺は昔から人の事をあまり信用することができない。生まれてこの方親友と呼べる存在にも出会えなかった。

 無数に出会った人間の中でもとりわけ苦手な人間が、俺の目の前にいた。

「あら」

 俺の姿を見て彼女は驚いたようにそう呟いた。
 
 新月を想起させる不思議な魅力の白い肌。鋭く切れ長の目つきと長いまつ毛、その裏から顔を覗かせる宝石のような瞳の色は確か杜若色と言ったか。
 腰にまで伸びた濃紺の長髪は毛先に向かうにつれて瑠璃色へと変化している。最近はああいう髪の染め方もあるのだろうか。そういうのには疎いからよくわからん。

 氷織《ひおり》望《のぞみ》。それが彼女の名前。我が双月《ふたつき》学園のマドンナ的存在だ。

 氷織は不思議な存在だ。何を考えているのか、全く読めない。
 その行動その仕草、うっとりしてしまうような横顔。すべてが複雑に噛みあい、一人の氷織望という女を形作っている。
 その裏に何が潜んでいるのか、まったく分からないのだ。

 これまでそんな人間に出会うことはなかった。
 予想が外れることはあれど、まったく読めない人間と言うのは初めて。
 人間は未知の存在に恐怖する生き物。俺の瞳には氷織は宇宙人と同等に映っていた。

 ただ、この場においてはそこは問題ではなかった。
 
 この場においての問題は、俺の片手にパンツが握られていたことなのだろう。
 
 もっと言えば、彼女の片手に握られているのがバールであるということの方が問題だろう。

 もっともっと言えば、これが真夜中の学校で起こった出来事というのが一番の問題なのかもしれない。

 とにかく、俺は生まれて以来最大の危機に陥っていた。

「ほんとに来た……」
「いや、あの、これは……」
「ま、いいわ。好都合ね。お覚悟」

 氷織のバールが振りかざされたのと同時に追いかけっこがスタートした。
 よく知る学園内をバールを持った美少女に追いかけられながら爆走。うん、何だこの状況は?
 夢かと頬をつねってみるが、一向に夢が覚める気配はない。どうやら現実らしい。くそぅ。

「待ちなさいこの通り魔!」
「なんのことだ!?俺はただの健全な一般男子高校生なんだが!?」
「ただの健全な一般男子高校生がパンツなんかにつられるわけないでしょ!」
「男子高校生は例外なくパンツが目の前にあったら喜んで拾っちまうんだよ!」

 通り魔だかなんだか知らないが、訳の分からないやり取りとしながら俺は追い付かれないように全力疾走する。
 幸い、足の速さにはそれなりに自信があったから追い付かれることはないものの、振り切ることはできていなかった。

 このままではスタミナ切れを起こした時にバールの餌食になってしまう。明日にはパンツを握った変死体で発見されることになってしまうだろう。
 とはいえ、反撃するにはまずあのバールを無力化したい。そのためには対抗できる武器を探さなくては。

 教室は戸締りされているため、入ることができないはず。
 廊下にある掃除用具入れは……箒程度しかないだろう。バールを全力で振り下ろされたら俺の頭ごと叩き割られるかもしれない。

(バールに対抗できるもの……あっ)

 必死に足を動かしながら辺りになにかないかと見回す俺の視線に止まったのは、消火器だった。

 眼鏡を外し、消火器を手に取る。振りかざされたバールを咄嗟に消火器で受け止めた。
 がきんと金属がぶつかりあい、びりびりと衝撃が手に走る。

 鍔迫り合いになった状況を力で押し返し、もう一度振りかざされたバールを目いっぱいの力で跳ね返した。
 衝撃で氷織の手からはバールが飛んでいき、窓ガラスを割って外へと飛んでいった。

 手持ち無沙汰になった隙を見逃さず、俺は氷織に飛び掛かる。
 幸いにも本人の戦闘力は低かったようで、両腕を拘束するとあっさりと無力化することができた。
 覆いかぶさる形で暴れようとする氷織を押さえつける。

「離しなさいこの通り魔!私の事乱暴する気なんでしょ!えっちな本みたいに!」
「そんな事するつもりねーわ!さっきからなんのことなんだ通り魔って!」
「……え?通り魔じゃないの?」

 抵抗を続けていた氷織が大人しくなったのを確認して俺は拘束を解いた。

「ちょっと、まずは話そう。なんでこんなところにいる?パンツはお前の仕業か?」
「パンツは、私の。ここにいるのは、『通り魔』をおびき出すため」
「……通り魔?」
「知らないの?最近噂になってるでしょ、辺りで通り魔事件があったって」

 記憶の棚を漁ると、それらしきものを発見できた。
 最近クラスの奴らが話していた。近辺で女性を狙う通り魔事件が多発していると。それと氷織がどういう関係があるのか、俺には分からなかった。

「……そういえば、噂で聞いたことがあるな。最近多発してるって」
「そう。……私の所に、こんな手紙が来たのよ」

 氷織が胸ポケットから取り出した紙を受け取り開いてみると、短く一言。

『一番美しい時に刺しに行く』

 新聞紙かなんかから切り抜いた文字を並べた脅迫状のようなモノだった。

「……これが通り魔からの手紙だって言うのか?」
「そ。……女性ばかり狙う愉快犯だって聞くし、こういう性格の悪い事をしてこないとは言い切れないじゃない?だから、パンツでおびき出そうと思ってたら貴方が来たってわけ」
「なんで学園で……ていうかどうやって?」
「戦うならよく知った場所がいいじゃない?鍵は用務員室からくすねてきた。……ていうか、貴方こそなんでこんな夜中に?」
「……ちょっと散歩だよ。一人になりたい時ぐらい、誰にでもあるだろ」

 理解に苦しむ俺を前に「まぁ」と氷織は続ける。

「貴方が通り魔じゃないなら作戦は失敗ね」
「バールで戦うのが作戦ってか?」
「どこぞの宇宙人だって使うのだから、バールはいいモノよ」
「そんな宇宙人知らないんだが……ていうか、なんでわざわざ戦おうとしてるんだよ。こういうのは警察の出番なんじゃねーのか?」
「警察は実害が出ないと動かないもの。これが悪戯だという線は否定できないしね」

 まぁ否定はできない言い訳だった。だからと言って戦おうとするなんてこいつは先頭民族の末裔なのだろうか。

「まぁいいわ。そんな事よりも、一つお願いがあるの」

 氷織はなんの躊躇いもなく言った。

「私と付き合ってくれる?」
「……へ?」

 謎が謎を呼ぶとは言ったものだが、奇妙な出会いは、奇妙な少女を呼んでくるらしい。


 っていう強引なヒロインに振り回されながらもイチャイチャする話がかけそうで書けない

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