2009年に小説投稿を開始。 詳しい活動状況はブログで発信しています。 【らくだ図書館】 https://rakuda-library.seesaa.net/
映画、ドラマ、CMの監督、脚本家です。 サイトに書き溜めた小説を、順次公開していきます。
初めまして。鏡といいます。 純文学。探偵小説。伝奇小説。SF小説。ファンタジー小説。キャラクター小説。散文詩。 いずれのジャンルにも分類し難い膨大な作品群を、輝かしい(くもなかった)季節と引きかえに書き続けてきました。 これは、そんなちっぽけな魂の、文字を這いつくばって生きた証です。 最後に、いまの自分を最も的確に表現する文章を引用します。 「十九歳のおまえは他人に純粋にまじりっけなしに自分はこういうものだと言うことができるだろう。主張することができるな。ところが、二十五、二十六にもなると、風化してきたぼろぼろ岩のように崩れてきてある日すっかり硬いダイヤモンドのようだったものが砂になってしまっていることに気づくんだ。後に残っているのは十ぱひとからげのどこの映画館に行っても上映している通俗の安ものの感傷しかないんだ」 「そう言うけどおれはウジムシだよ」 (中上健次/灰色のコカコーラ)
代表的なエントリー コレクション「狭間シリーズ」 現代問題作『NPO法人にゃんけん』 短編現代ホラー『コンフォート ハウス』 基本長編は公募仕様(文庫本一冊分 縦読み推奨)。 私は自分の書いた物に「作品」という言葉を使うのをよく思っていない。 作品……、作った品? 作った? 誰が? 僕? 僕が作った? そんな馬鹿な。 一人の人間が、何の道具も材料も無しに何かを作り出せるものか。 そんな事が出来れば、それは神だ。 私は神か? いや違うだろう。 私を神だと思ってくれる人など……、いるかもしれないが、まあいない。 (ちなみに私は妻の事をカミさんと呼んでいるが、それはどうでもいい) 人が作り出す物など、所詮よい道具でよい材料を組み合わせただけの物。 そこに自分のエッセンスを入れられる余地など微々たるものだ。 もちろんそれが重要なんだが。そんなもの割合を円グラフにしたら顕微鏡でも見る事が出来ないだろう。 そういう意味では歴代の作家、監督には間違いなく神はいるんだろうと思う(もっとも私達はそういう人を神ではなくバケモンと呼んでいるが)。 自分にできる事と言ったらせいぜい好きな色に塗りかえる程度で、そんな物は自分が作り出したと言うにはほど遠い。 とにもかくにも、作品というものは元々存在するもので、ここにいる筆者というのは、神の書記メタトロンのように、既にある物を書き記す係にすぎない。 ここにあるものに作者などいないし、九里方 兼人などという作家は存在しない。 私にできるのは、とある世界に存在する、私が面白いと思った物を紹介する事だけだ。 それが、あなたにとっても面白いものであったならうれしいなぁ。