「人への親切」を装う事で、自分の利益を図るのが大人の悪知恵。
→ 御為ごかし
純粋な子供にはそれが無い。
イエスが「子供のように」という表現を使った理由の一つだろう。
大人の社会には「計算ずく」で親切をしている組織もあるはずだが、神の目は全て見抜いている。
それとは別に、「自分の世話」を人任せにする人は、鬼(サーイ)に裏木戸を開放する形になってしまう。
「自分を捨てて」という特質を持つ人はその点注意が必要だ。
我々には想像もできないほど鬼は冷血であるのだが、物事を機械的に処理する存在も宇宙には必要だったのだろう。
その「機械」が統括から外れ、「情」を装って人間社会を支配しているのだから「自分放棄」は危険なのだ。
「我欲放棄」と「自分放棄」の違いを、しっかりと切り分けて行きたい。
「人に冷たい」のは問題だが、「自分に冷たい」のも問題・・・
自分の服を人に着せてあげる時、自分の体温を保つ必要も忘れないようにしよう。