※このSSは、【わがまま女神×冷酷死霊術師】殺し合いから始まる異世界神話 〜感情が死んだ男が「人」になるまで〜 の3章エピローグのネタバレを含みます。なおバレンタイン要素はありません。
……あれは、ただの事故でした。
かつて幾度となく戦場を駆け抜け、無数の散りゆく命を見届け、僕自身も死の淵を何度も彷徨いました。
戦場でもなく、何者の手によるものでもなく……ただの瓦礫の崩落。それが僕を殺した。
神の魔力も不死性も失った僕は、普通の人間同然でした。
足場が崩れ、双子の頭上に向かって落下した……気づいた時にはもう考える暇などなく……ただ、身体が動いていたのです。
守ることは当然でした。あの子たちは、まだ生きるべき命でしたから。
ですが、それと引き換えに自分がどうなるかなど……その瞬間には考えもしませんでした。
僕はずっと死を望んでいたはずでした。しかし、あの時……死が目前に迫った時、僕は初めて『まだ生きたい』と願いました。
僕の帰りを待ち続ける彼女がいたから。
それに……もうすぐ生まれるはずだったあの子が。
その誕生を見届けずに終わることが、恐ろしかったのかもしれません。
それなのに……身体は動かなかった。
掠れる視界には、双子の泣き顔と、駆け寄ってくる人々の姿……彼らの声も次第に遠くなっていき……僕は最期に彼女の名を呼びました。
彼女も、僕を抱きしめながら何度も名前を呼んでいたそうですね。
その腕の中で、僕はもう何も応えることができなかった……。
彼女は悔いていました。もし、彼女があの場にいたなら、僕を救うことができただろう、と。
彼女は僕にとってたったひとりの伴侶であり、お腹の中の子は僕たちの希望でした。だからこそ、彼女を休ませたかった、無理をさせたくなかったのです。
……僕の優しさのせいで救えなかった? それは違います。
僕は、自分で選んだのです。あの場にいた子供たちを守ることを。それは……後悔するようなことではありません……。
ただ……僕が死んだことで、彼女をひとりにしてしまった……それだけが、痛みとして胸に残っています。
僕は、もう戻ることは叶わない……それはわかっています。
だが、彼女たちは強い。
僕がいなくとも、彼女たちは前へ進む。
この想いを受け継ぎ、きっとラナスに光を灯していくでしょう。