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読書メモ㉒

ヤマザキ春のパン祭りが始まると、春は近いなあと感じます。今年もシールを集めて白いお皿をもらうぞ! 毎年形は変わるものの使いやすくて大好きなのです。白いお皿。


『サブカルチャー文学論』大塚英志(朝日新聞社)

ここで取り上げられる「サブカルチャー文学」とは「サブカルチャーとしての文学」で、具体的には村上龍、田中康夫、村上春樹、吉本ばなな、山田詠美、川上弘美、庄司薫、新井素子、三島由紀夫、(非サブカルチャー文学として)石原慎太郎、大江健三郎などなど、なのですが。
読書メモ⑫で紹介した『ポピュラー文学の社会学』でいうところの「ポピュラー文学」とも若干意味合いが異なるような。というのも、この本で論じているのは、戦後文芸評論の第一人者江藤淳が、1978年に既に嘆いたところの文学の「サブカルチャア化」、更には小説新人賞である「文藝賞」の選考委員として三十年にわたって最前線で江藤が引き続けた防衛線――許せるサブカルチャーと許せないサブカルチャーの線引き――が後退し続け、ついには「文学史的な基準で彼らを評価することを断念」するに至る、その江藤淳にとっての「サブカルチャア」文学論に「接ぎ木」をしたものだからです。
江藤淳の思想を辿る側面のある本論は時に感傷的、ときに嫌味に近い皮肉混じりで、その矛先にあまり突っ込みたくないなあ(と私も感傷的に述べてみる)なんて思いながら読んでたのですけど、あたりまえというかなんというか、本人自覚があってやってることなのですねー。

「ぼくが本書のごとき文芸評論めいた文章を書くことになったのは、二人の故人となった文学者が示してくれたサブカルチャー的な物書きへの不思議な寛容さがきっかけである。
(中略)「サブカルチャー」としか名付けようのない問題を、彼らは「文学」の問題と感じとっており、そして実際のサブカルチャーの作者でありながら批評めいた領域に迷い込んできた人間がたまたまその視界の片隅に入り、困惑したのだろう。その場合、困惑はむしろ嫌悪にこそ転じていいのに、彼らは当のぼくにとってさえ不思議な好意を示した。
(中略)その意味で本書はとうに文芸評論ではない。サブカルチャーの作り手としてのぼくがサブカルチャーに奇妙な寛容さを示した文学者に導かれながら、サブカルチャーとはいかにあり得るべきかを考える、その思考の記録である」(あとがきより)

「二人の故人となった文学者」は江藤淳と中上健次ですが。他にもいろいろ文芸批評や論文を読んでいると、大御所といえる領域の文学者、批評家さんたちが、「サブカルチャー的な」もの、その中でも物語性のあるものですね、ファンタジーはもちろんアニメ映画や漫画やゲームやライトノベルまで、江藤淳が用いたところの「全体文化」から乖離した「部分的な文化現象」という意味での「サブカルチャア」の領域にまで踏み込んでいることに驚きます。(でも、〇〇年前、私の学生時代のゼミの先生も安倍晴明が主人公の少女漫画まで読んでたのですよねえ。そういえば。学者って研究対象に関連のあるものなら何でも目を通すのですよね)
卒論でライトノベルをやりたがる学生が増えたということで『ライトノベル研究序説』が刊行されたのが2009年。でもそのとっくに以前からガチ研究者がライトノベルに注視してる、批評にさらされてるわけです。
それを意識して、「ライトノベルとはいかにあり得るべきか」を考えてみるのも、書き手としてのステップアップに必要なのじゃなかろうか、と他人事のように述べてみる。

閑話休題。もう少し内容について触れておきますと。
「写生」という近代文学的な伝統から離脱し「まんが的記号」を用いて小説を情報化したり、サブカルチャーの手口(設定とか世界観とかキャラクターとか)を持ち込むことで文学の延命を図ったり、95年の「文学の危機」に際して文学者がいかにだらしなかったか、それらのことに自覚的だったか批判的であったか、あるいは屈託なく無意識で悪気はなかったのか。

「そのような「文学」の現在を考えた時、江藤の問いかけは極めて純朴であり誠実であるとさえいえる。江藤は「文学」的虚構とその外側の現実との関りを不可避なものとして考えているが、しかし、それを犯罪と小説世界の類似をもって立証しようとはしない。あくまでも「文学」者が、小説の外側の世界でいかに「成熟」し得るか、そして、それが再び「文学」に還流することで「文学」と「現実」は関係を結べる、と江藤は信じている。」(p599より)

文学者でなくとも、物語を書くこと自体が「ゆきてかえりし物語」です。私はそう思っています。

最後に、批評とは関係ないのですけど、このお言葉を引用しておきます。
「どのジャンルにも誉め易い人、というのがいてアニメやコミックでは宮崎駿や大友克洋あたりがそれに相当する。(中略)そこではある作り手の余りにあから様な欠点に言及しないことで一つのギルド的な集団が無言のうちに共同性を保つ。その作り手の欠点に言及することは自身に根本的な批評を向けることになり、だからこそそれは揃って回避され、結果としてそこに一つの禁忌を共有する言語空間が出来上がる。そしてそういうやましさを奇妙に共有する言語空間に、小説に関わる人たちは案外とだらしなく崩れ落ちてしまうものなのだな、とぼくなどは思う。」(p215より)

はい。気をつけましょう。


『感情化する社会』大塚英志(太田出版)

先の『サブカルチャー文学論』が2004年の刊行。そしてこちらが2016年。日本の現在を社会学的に批評するテーマではあるものの「文学」に寄っているので、『サブカルチャー文学論』でも盛大な自爆に終わったかのように取り上げられた中上健次の『南回帰線』は今思えば「文豪メッセンジャー」的だとか、主人公の成熟を拒否し続けた村上春樹が『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で「教養小説」化を選択しているとか、補填している部分があるので、続けて読むと面白かったのですが……。こちらでは「文学」にとって不愉快な近未来が示されています。「不愉快に」批評するのが本書の目的らしいので。

「webでも現実で提供されるサービスの全てが私たちに快適であったか否か、つまり「感情労働」としての相手を評価することが日々求められる」現在で「心地よい感情を提供することばしか、政治にもジャーナリズムにも文学にも求めず、そのユーザーの要求に彼らはいとも簡単に屈した。」現在があるのですね。
 web、なかでもプラットフォームは「人の行動そのものを「労働」として搾取していく仕掛け」であり、無償の投稿サイトに「投稿」するのももちろん無償の労働であり、
「しかし、すべての投稿者に再生数に応じてロイヤリティーを発生させれば、プラットフォームは確実に破綻する。正確に言えばそれは可能だが、フリーレイバーによって生じたつくり手に還元されない余剰で、web企業は投資やM&Aをおこない企業を拡張している。ここにはきわめて教科書的な資本による労働者からの搾取があるが、それが現状では「見えない」。」(p66より)
2016年の批評ですよ、これ。念のため。
「web上の「自己表出」はきわめて直接的な感情の吐露」であり「小説がサプリメント化した、つまり「泣ける」「怖い」「感動する」「役に立つ」といった即効性が機能性食品のごとく求められる」「つまり小説の「感情化」である。機能性文学のある部分は「感情小説」とでも呼ぶべきだろう」

このことを踏まえて「機能性文学論」「AI文学論」に章が進む前に「スクールカースト文学論」が挟まります。スクールカースト「ラノベ」の最新作として『ただ、それだけでよかったんです』が紹介されます。私はもちろん(オイ)読んでませんが「革命の頓挫と母性的なものへの回帰という点で」「一番新しい「転向小説」だと言える」らしいです。なんでも作者は社会学者らしい。
「何よりもこの小説が投稿された「ラノベ」という領域そのものがこのような評価システムによって運営されているまでは当然、作者は折り込みずみであろう。(中略)この小説が投稿された「電撃文庫」のレーベルの発行元のKADOKAWAは小説投稿サイト「カクヨム」を運営する。(中略)この小説が「ラノベ」という制度、KADOKAWAというプラットフォーム企業への「懐疑」から始まっているのか否かは興味深いところだが、これを刊行した編集者には自らを疑う小説を刊行したという自覚はないだろう」(p108より)
ふむ、つまりカクヨムがカースト化するという予見ですかね? ということは、もうしちゃってるのですかねー。たいへんだー。
ところでところで、この小説のラストは『伊豆の踊子』のそれと対比できるというのです。
「「ただ聞いてほしい作者」と「小説という形式の使い手である作者」のわかりやすい違いがここにはある。そして前者から後者への「成熟」をかつてこの国の文学者たちはたどっていた。ラノベ作家を含む現在の小説の書き手がそれを再びたどるのか、たどらないのかは彼らの問題である。
(中略)「文学」が「文壇」を疑えないように、ラノベはプラットフォームを疑えない。そして『ただ、それだけでよかったんです』が「制度」を懐疑するものの敗北と、「私」という感情の慰撫を小説の結末とするとき、それはこの国の現在で発せられる声が強者の声、勝者の声である、ということと関りがある問題だと論を進めておくべきだろう。」(p116より)

さてさて、「web上のコミュニケーションにおいて、プラットフォームという「場」のなかで送り手と受け手は常に交代し、受け手は送り手の語りに参入し、語りは常につくり換えられていく」現象は口承文芸のオーディエンス論に類似する特質であり、web文学の口承文芸化であるとしたうえで、「物語るAI」の可能性へと章は進んで行きます。
GoogleがAIに「猫ってこんな感じ?」と猫を認識させたのと同様に、「小説ってこんな感じ?」と表示させるのは可能だと。そしてもっと短期的に実現できて実用性が高いのは、小説を「評価」するAIだと。
pixivなどの画像投稿サイトには、その絵がどれほどの閲覧数を得るのか予測するAIが(2016年時点で)既にある。「投稿サイトでウケる絵ってこんな感じ」をAIが学んでる。長くなりますが以下、引用します。

「これを「小説家になろう」や「カクヨム」などの小説投稿サイトに応用すればどうなるか。これらのサイトの投稿をビッグデータとして使えれば、おそらく批評するAIはつくれるはずだ。実際にIT系企業の幹部に聞いたら「できる」との答えだった。
 するとAIは「作者の死」をもたらす前に「編集者の死」をもたらすことになる。
(中略)ぼくがこういう悪態をつくと、編集者は「編集者の審美眼」、つまり小説の善し悪しを判断する特別な力が自分たち編集者にはある、と主張したがる。
(中略)しかし、KADOKAWAに限ってもあいつらに小説の善し悪しがわかる、と言われても困る、という人々の顔がどうしても浮かぶ。だからといってユーザーの評価が公平かというと、「カクヨム」の新人賞に対して、評価するユーザーは全投稿作品を読んだわけではなく、しかし一本の小説も最後まで読まず「評価」して、それで賞を決めるシステムはおかしい、という至極当然の批判が「投稿」として掲載された。
 編集者はランキングの上位をチェックするだけだが、しかしランキングのユーザー評が妥当とも言いがたい。
 ならば、AIのほうが「公平」かもしれない、と考える投稿者もいるはずだ。
(中略)KADOKAWAも「小説が読める」編集者の多くをリストラしたのだから、このAIを開発して、編集者という仕事そのものを消滅させればいい。角川歴彦はドワンゴと角川の「合併」のとき、これからは出版社は編集者の隣りにプログラマーがいる企業になると予見したが、そうではなく、編集者がAIにとってかわるのが来たるべき出版社のあり方というものだ。小説評価AIは小説の「おもしろい」「おもしろくない」を判断するレビュー的「批評」も代行できることになり、本屋大賞のかわりにAI大賞が近い将来運営されてもそれはSFではない。AIでもきっと百田尚樹を選んでくれるだろう。」(p279-281)

読者に編集者の代わりをしてもらうための「新文芸宣言」「カクヨム」「読者選考」でしたが、今回のカクコンでもランキングが正常に機能しているとは言いがたかった。となれば、これはもう一足飛びにAI評価を導入しちゃえば、角川は大したものですよねえ。と、私も逆説的に述べておきます。

とはいえ、いずれAIが示すであろう、おそらくためらいも躊躇もなく身も蓋もない「ラノベってこんな感じ?」「文学ってこんな感じ?」に目を覆いたくなるだろうことだろうけども、単純にそれを早く見たいとも思ってしまいます。

14件のコメント

  • なるほど、『サブカルチャー文学論』でのサブカルチャー文学とは、文学の中でのサブカルチャー的位置づけの人たちということなのですね。でも、上で挙げられている人たち(上龍、田中康夫、村上春樹、吉本ばなな、山田詠美、川上弘美、庄司薫、新井素子、三島由紀夫)、登場した当時はともかく、今ではもうメインストリーム文学(というものが今もあればですけど)以外の何物でもないように見えます。

    >「ライトノベルとはいかにあり得るべきか」を考えてみるのも、書き手としてのステップアップに必要なのじゃなかろうか

    言わずもがなかもですけど、これは、私も、ものすごく思いました。今でもいろいろと考えます。と同時に、そういうのとは関係ないところで書きたいというのもあります。そういうことはヒョーロンカさんたちに任せちゃって。でもやっぱり好きなんです、カウンターカルチャー的な存在が。つい考えてしまう。

    >web上の「自己表出」はきわめて直接的な感情の吐露」であり「小説がサプリメント化した、つまり「泣ける」「怖い」「感動する」「役に立つ」といった即効性が機能性食品のごとく求められる

    これ、以前から近況ノートでお話していることと全く同じですね。「サプリメント」という言葉も、私か奈月さんか、どちらかが使ったような気が。

    AI評価は、たぶんやろうと思えばすぐにでもできそうです。機械学習にとって必要なのは大量のデータですけど、小説というデータはすでに膨大な量ですから。っていうか、AIが小説書いてますし。なんとなくですけど、人はすぐに慣れてしまうので、案外フツーにAIの評価(別に小説に限らず)を受け入れてしまいそうです。

    だって、既にamazonなんかのレコメンド機能は皆さんあって当たり前と思ってますよね。今さらもう、ウザい、なんて言う人もいないでしょう。あれがAIかというと厳密には違うのでしょうけど(専門家ではないのでなんとも、ですけど)。

    つまり多くの人にとって、例えばカクヨムで大量に星がつく作品を選んでいる読み手たちの評価も、身も蓋もないAIの評価も、特に拘泥することなく「よくわかんないけどなにがしかの価値があるもの」として受け入れてしまうのだろうと思います。そんな場所に、私はいたくはないですけれど。

    話が逸れますけど、LINEノベルの令和小説大賞の選考作品が発表されましたね。とりあえず一作だけ全部読んで、あとは冒頭に目を通しただけですけど、ちょっとびっくりしました。まともで。どうやら私はカクヨムにかなり毒されていたみたいです。どの作品も、まともでした。読者選考ではないので当然かもしれませんけど、ほとんどの作品がそんなに読まれていないんですね。少なくとも読者数では選んでない。これが当たり前だよね、って思いました。逆に、びっくりするようなとんがったものはなさそうですけど。

    さて、カクヨムに戻ってくると、トップページの上部には第四回カクヨムWeb小説コンテスト受賞作の書籍化タイトルが並んでいます。この違い……。

    話を戻して、大塚英志さんは有名なので名前だけは知っていましたけど、これまで触れてきませんでした。漫画の原作も書いてますよね。それらは、個人的にはあまり食指が動かなかったこともあってなんとなーく敬遠していたのですけど、評論のほうは奈月さんの印象としてはどんな感じでした? ここで書くのもアレかもですけど、差し支えない範囲で、もしよかったら。

    今回も濃いお話、ありがとうございました。ではでは~。
  • >今ではもうメインストリーム文学(というものが今もあればですけど)以外の何物でもないように見えます。

    そうだよね。「文学の延命」に成功した人たちってことかな。吉本隆明がばななさんのことを「彼女の文学はマクドナルドのハンバーガー」ってなふうに発言したらしいけど、なるほど、文学のファストフード化、ポップ化だね。いいとか悪いとかではないのだろうけども。

    >と同時に、そういうのとは関係ないところで書きたいというのもあります。そういうことはヒョーロンカさんたちに任せちゃって。

    うんうん。私もそう思います。シロートが頭を悩ませるようなことは、もっと知識も機会も方法もある人たちが考えてくれてるからさ。
    そのカウンターカルチャーとしてのサブカルチャーの時代が終わろうとしている、と『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』で。でももしかしたら、役割が変わったサブカルチャーは延命するかもって、ふと今思いました。

    >オブラートとコーティングを施された薬は飲みやすいです。でも、サプリメントと生理食塩水だけで人は生きてはいけません。肉や野菜を咀嚼する顎の力は必要です。

    って、Han Luさんが。

    「ツギクル小説大賞」では既にAI審査部門を設けてます。
    AI評価だろうと「ウケるのってこんな感じ」なのだから上位に上がって来る作品の傾向自体は読者選考と変わらないよね。ただ、公平性という点では納得できるものにはなるのかなあ?
    だね、人の慣れは恐ろしいです。

    >「よくわかんないけどなにがしかの価値があるもの」

    そうなんです。「よくわかんないけど」が蔓延してると思いませんか? 「よくわかんないけど」なりにわかる努力はしようよって思う。このままじゃ人類はマジに滅びる。まあ、滅びるのだろうけど。

    令和小説大賞は経過発表しか見てないけどタイトルからして狙い通りの傾向で選考して来たな、と。きちんと選んでくれてる感はあるね。だから無難なラインナップにはなってしまったのかも。一回目だしねー。
    それより私は青春小説大賞の方が気になります。新潮文庫nexに期待してるひとって多いみたい。ファンタジー一色のラノベレーベルからは評価されない、現代路線のライト文芸なら、って人たちね。私もその層になるのかな……

    大塚英志。有名人だねー。文学フリマはこの人が立ち上げたのだね。それも笙野頼子との純文学論争のはずみでって感じで、私の勝手な印象だけど、猪突猛進の人なのかなあと。がーっと発言行動してすぐ飽きちゃうタイプ。「文学者は行動しない」って批判してるし。
    精神科医の斎藤環の『戦闘美少女の精神分析』『文学の断層――セカイ・震災・キャラクター』『ヤンキー化する日本』と大塚英志の『物語消費論』『「彼女たち」の連合赤軍』なんかは、とにかくあっちこっちで引用されてる。とにかくあっちこっちで。肯定、反論さまざまなのだけど、それだけ読まれて参考にされてるってことだもんなー。

    肝心の評論はというと、揶揄が多くて、意図がわかりづらい。で、わかるはわかるのだけど、あんまりわかりたくない。小谷野敦が「非論理的」「詭弁と直観だけ」っていってて、ああ、なるほどってしっくりきました。
    思うに、いわゆる文壇のことが嫌いなのだろうな。好きな人なんかいないだろうけども文章にびしばし出し過ぎ。出自がアカデミックじゃない人が目立つと嫉妬されちゃうのが問題なのだろうけど、無責任なシロートから見たらどっちもどっちというか。面白いけど(こら)。『感情化する社会』で『サブカルチャー文学論』は無駄な仕事だったとか書いちゃってるし、もう文芸評論には飽きたっぽい。
    でも読み(テーマ)自体は面白いよ。「現代では男性のビルドゥングスロマン、男性女性の異類婚姻譚は成立しない」とか「ディズニーランドに行ってれば三島由紀夫は死ななかった」とか「庄司薫はデレク・ハートフィールドか」とか。
    個人的な印象でいってしまうと、好きではないかなあ(失礼)。評論家としては大塚英志を批判した小谷野敦の方が好きです(このひとオカシイのです)。といわけで次は小谷野敦を紹介したいです。
  • お待たせしました。(って、まったく待ってないと思いますけど……)
    一度書いてた物が消えてしまい、ふて寝してからの再執筆です。近況ノートやコメント欄に長文を書いてるとありませんか?
    わたしはスマホで書いてると、よくやるんですよ。
    ということで、何を書いていたのか思い出しながらです。


    さすがにHan Luさんと思われるコメントの後に、臆面もなく書けるのがわたしです。(笑)

    氷室冴子さん、大好きなんですよ。今でも本棚の一番高いところに、ピンクの背表紙の文庫本が並んでいるくらいに。
    この年になっても、文章に悩んだり、迷ったときは手に取ったりしますから。

    「月の輝く夜に」は、コバルト文庫のピンクの背表紙の本だけを読んで、期待している人たちの評価だとわたしは思ってます。
    確かに氷室さんは青春小説の女王でしたけど、「妹物語」や「ターン」を読んでいた人の評価ではないですよね。
    もっと違う作風の作品もあったんだよっなんて、わたしは鼻高々ですけどね。(笑)

    わたしが氷室さんの訃報を聞いて、今でも残念に思っているのは、これで「蒼の迷宮」の下巻は読めないのだなぁと。
    出版当時には、下巻の発売広告まで出して出版されなかったのは、あのM死刑囚の事件で自粛されたからと言われてましたが(あの頃は、それだけでも死刑だ! なんて思ってましたが)、自粛なら版元に原稿が残っているはずなんですよね。なのに出版されないのは、やっぱり「夏のナタリー……」みたいに未完の大作だったのかなぁと。
    あの続きが読めないのは、返すがえすも残念です。

    しかしながら、女王さまでも未完の大作があるなら、わたしごときが未完の大作を抱えていても可笑しくないと。(笑笑)
    ってな言い訳をしてないで、真面目に取り組みます。
    奈月さんにお読み頂いてから、過去作と思っていた作品を読み返したり、久しぶりに氷室さんの作品を思い出したりと、楽しい時間を過ごしました。
    それだけでも、大変に嬉しく、平身低頭にお礼を申し上げます。
    ありがとうございました。
  • こんばんは~。

    大塚英志!
    『木島日記』面白いですよ~。あの独特の胡散臭さがクセになる味わいです。
    漫画もちょくちょく読みました。私は『リヴァイアサン』が好きです(^ω^)

    というか、逆に評論を読んだことがないです(/ω\)今度探してみます。


    「どのジャンルにも褒め易い人がいて」っていうのは、分かる気がしますけど、最近は逆に「貶し易い人」っていうのも増えてるんじゃないかと思います。特にネットの世界では。
    「キンキンキン小説」なんかその典型なのかな。ああいうのを叩くことも「やましさを奇妙に共有する言語空間」に繋がってる気がして、私はあんまり好きじゃないです。
    人のことどうこう言ってないで自分の小説書きなさいよ、と(このセリフ、色んなトコで言ってますけど)。


    「ラノベってこんな感じ?」「文学ってこんな感じ?」は見てみたいですね~……と無邪気に考える自分と、それをしたら世界が決定的に変わってしまう恐怖を同時に覚えています。
    それを見たあとで自分がまだ小説を書く気力があるのか。そして、仮に書き続けたとして、『自分の小説』を曲げずに書くことができるのか、大いに不安です。

    ただ、多分衰退するんじゃないでしょうか、それをやっちゃったら。
    サブカルチャーにとって、画一された基準なんてのは害悪にしかならないと思うんですよ。
    能だの狂言だのだって、国に認められた重要無形文化財なんかになったせいでそれ以上進化できなくなっちゃったじゃないですか(暴論!)。
    ラノベでも漫画でも、誰にも文句をつけられない権威によって質を保証なんてされたらそれで終わってしまうんじゃないか、と。いや分かりませんけど。


    でもやっぱり見てみたいな~(笑)。私の愛する恩田陸さんはAI大賞とれるかしら。
  • 穂乃華さま。

    私もノートにコメント書いていて、消えたことがしょっちゅうあります。PCで書いてるのに。あれ、茫然としてしまいますよね。最近はなるべくこまめにコピーするようにしています。


    奈月さま。

    >吉本隆明がばななさんのことを「彼女の文学はマクドナルドのハンバーガー」ってなふうに発言したらしい

    なるほど。なんとなく、身内だからあえて、みたいな感じもしますけど。そうですね「いいとか悪いとかではないのだろうけども」です。ちょっと逸れますけど、私、初めて『キッチン』を読んだ時のこと、今でもはっきり覚えてて、すっごく腹が立ったんです。これ、まんま大島弓子じゃんって。確か当時同じような書評を読んだことがあるので、そう感じた人は多かったかも。なんかね、ずるいって思っちゃったんですね。文学なんだろ、そんな楽ちんなことするなよって。でも今はもう、例えば若手の作家がある漫画家の世界観を連想されるような作風のものを書いたとしても、特に何とも思わないです。別に文学に対して漫画がファストフード的な位置づけにあるとは思わないですけど、明らかに文学の領域は広がっていますよね。阿部和重さんなんかも、純文学でありながら、語り口はすごくポップ。いいとか悪いとかではないのだろうけども。

    >「ツギクル小説大賞」では既にAI審査部門を設けてます

    そっかー。既にもうあるんですね。私も結局は読者選考と変わらないだろうと思います。っていうか、ツギクルって何? とHP見に行ったら、ああ、ここもそういうのなのね……。異世界モノの人気作を選ぶAIって……どうなの。

    「よくわかんないけど」、蔓延してます。あと、「知らんけど」ってみんなよく言いますよね。AIのディープラーニングも過程の部分はブラックボックスって言いますし。ヤバいかもです。

    新潮文庫nex、サイトを覗いたら今年5周年なんですね。本屋に行くと必ずチェックするけど、買ったの3冊だけだなー。現代路線のライト文芸ですね。こういうレーベル、ほんと増えましたよね。いいこと……なのか???

    大塚英志さんの印象、なんとなく奈月さんが書かれている感じと同じでした。でも、実際に読んでみなくちゃね。読んでみます。
  • 穂乃華さま

    ありますあります! 書いてる途中でうっかりブラウザバックしちゃって「あー!!」なんてことが何度もあったから、今は長文になるときはワードで書いてから貼り付けてます(苦笑) 書くのに時間かかって、他の人と前後しちゃうこととかまれにあるし。基本、コメント書き込みはPCからじゃないとやらないのです。スマホの入力苦手で~。

    そうなのですよね。ああいうしっとりしたお話は、きゃぴきゃぴしたのが好きな層には受けないのか。
    『蒼の迷宮』ってそんな事情が。個人ブログの記事をいくつか覗いてみると、あのニュースで書くのが嫌になってしまったのだという憶測もありますね。どうなんだろう。角川が原稿を握っているとすれば出さないわけはない、やっぱり未完なのでしょうね。
    『冬のディーン 夏のナタリー』も待ち構えて連載をおっかけてましたよー。
    こういう、読者に情報を与えすぎない、控えめな描写から読者が登場人物の事情や心情を想像する(そしてそれが決して難解なわけではない)って恋愛ものが少ないと思うのですよ、今。こういう余白のある小説が必要だと思うのですよねー。
    氷室冴子青春文学賞の募集を見て、私が氷室さんみたいのを書く!と鼻息を荒くしたものの上手く書けなくて諦めました、がく。あんな、臭みをすっきりと剥ぎ、かつ深みのある青春物語はそうそう書けません。誰か書いて。

    ていうか、没後十周年記念で関連本が色々出てるのですねえ。知らなかった。これらで是非、青春小説の女王のノウハウを探求したい。ので、そのうち読書メモで取り上げるかもです。そしたら覗きにきてください(笑)

    こちらこそ楽しい時間をありがとうございます。


    lagerさま

    そ・れ・だ~~!! 胡散臭い!
    こう、ぴったりな形容できなくて、うーんってなってたのですよ。
    胡散臭い。まさにこれ! さすがlagerさん。
    どの業界でもヒットメーカーってそうよね、なんか胡散臭い(ひでえ) 『木島日記』読んでみます。怖そうだけど、私に読めるかな……。
    にしても、民俗学出身とはいえ、柳田と折口が大好きなのだなあ、この人。

    「貶し易い人」
    集団の中では必ず出てくるよね。その人を陰で叩いて団結するっていう。ネットではさらにそれが顕著なのか。
    「キンキンキン小説」
    あー…………前回の読書メモの『青春デンデケデケデケ』を思い出しちゃう。「キンキンキン」が成功しているのなら、このシーンで戦ってる剣士はど素人ってことなのね(^-^;
    >人のことどうこう言ってないで自分の小説書きなさいよ
    ほんとほんと。読者選考に不満があるのなら、公募に出せばいいじゃないって私は思っちゃうのだけど、webにこだわる理由があるのかな。

    AI小説が面白かったら。そしてそれが主流になってしまったら。どうなるんだろうねえ……。AI小説を「下位文学」として、人間が書いた小説は「上位文学」としてそれこそ保護するとか? 逆に小説を書く人間は白い目で見られて地下に隠れるとか? あれ、なんかSFっぽい。でもAI小説はもはやSFじゃないのだよね。

    恩田さんは売れっ子だもの。「ウケるのってこういうの」で確実にとれそう(笑)
    評価というか。診断レベルで、『人間失格』はラノベとしたら〇〇点、とか、児童文学としたら〇〇点とか、面白そうって思うのだけど。AIがジャンルやカテゴリーを判定してくれたらラクチンなんて(ものすごくダメな意見)
    診断といえば。「文体診断ロゴーン」が流行ったときに私も試してみたら、文体が近い文豪にやたらと太宰とか大江健三郎が出て来て、なんでだってなりました。ワタシ太宰が嫌いなのです。好きなのは志賀直哉の文章なのに。
    lagerさんの文体は誰に近いのか。すっごい興味があります!


    Han Luさま

    そうそう。お父さんだからね、あえて自分が言うっていうのが(笑)
    >すっごく腹が立ったんです。これ、まんま大島弓子じゃんって。
    まさにこれ、です。少女漫画をそのまま文学にトレースした感じ。それを「屈託なく」やってしまったのが吉本ばななってことなんです。しかもどのお話も全部同じ構造。でもそれであれだけ売れたし、海外でも売れたし。それがすべてなのかなあ。

    そのうち、AIが異世界に召喚されるだろうね。

    宮部みゆきの『小暮写眞館』が新潮文庫nexなことに少し驚いたのです。宮部のって少年が主人公のやつは子ども向けレーベルに移植されたりしてるから、『小暮写眞館』も主人公が高校生だからかなって。でもあれ、内容はかなりヘビーでライト文芸か?って。文章はライトに書いてはいるけど。ライト文芸のライトの意図がさっぱりわからん。この安易なネーミングに区分け。いいことなのかなあ……?
  • 自分が書いた作品をAIがジャンル分けしてくれたら面白いですね。
    そういうのなら楽しそう。
    歴史もののつもりで書いたのに出来がお粗末だったせいで『ファンタジーですね』とか言われたりして(笑)


    文体診断、私もちょっと前にやってみたんですけど、改めて何個か試してみました。

    野間清治、小林多喜二、中島敦、吉川英治、阿刀田高、大宅壮一、太宰治、浅田次郎……

    やる前から分かってましたけど、結構ばらけましたね。
    にゃんこ大戦争で中島敦が出てきたときはちょっとクスっときました。
    虎は出てこないんだけどな( *´艸`)

    あと、太陽のきらりは字数がアレなんで二つに分けてかけてみたんですけど、前半が阿刀田高で後半が中島敦でした。成程~。……なるほど? ううん。よく分からない(;´・ω・)


    夜の王はアトランダムに何話か試したところ、
    小林多喜二、吉川英治、阿川弘之の三人が綺麗に同票でしたね。
    ……三人とも読んだことないですけど(/ω\)

    短編の中にもこの三人の名前は上がってきてたので、これが私の文体の傾向ってことのなのかな、と思います。リアクション取り辛い!(笑)


  • 歴史もの書いたつもりが『ファンタジーですね』はヤバすぎる((((;゚Д゚))))
    恋愛とかヒューマンドラマとか、ごりごりのリアリズムなつもりで書いたのが『ファンタジー(妄想)ですね』軽く処刑だよね! そんなのが続出しそう。
    でも投稿時に判定してジャンルに割り振ってくれれば、ジャンル詐欺だのジャンルロンダだのの騒ぎはなくなるね。でもでも「自分で決めさせろや」って騒ぎがまた起こるのだろうなあ。

    にゃんこ大戦争で中島敦……。実は猫じゃない、虎にゃー!! きゃわわだね(≧▽≦)
    きらりで阿刀田はなるほどー、だけど何故に中島敦がつきまとう?(笑) 中島敦=格調高い? なんかすごいぞ。
    小林多喜二(プロレタリア)、吉川英治(歴史)、阿川弘之(学徒兵の青春)……硬派、かな?? lagerさんっぽいっちゃ、ぽいのじゃないかしら(;^ω^)


    私も最近のでやってみたー。いずれも冒頭話で。

    フェティッシュ 海野十三(な、なぜSF作家が……?)、松たか子、大宅壮一
    ドラゴンきらり 中島敦、菊池寛、夏目漱石(ちっ、文章が固いでDの他はAなのに)
    隷属少女 小林多喜二、小田実、松たか子
    僕たちのルール 阿刀田高、松たか子、海野十三(lagerさんに阿刀田みたいって言われたの一致率が90.9でした(笑))
    女神さま 阿刀田高(!?)、末弘厳太郎(なぜ法学者が……?)、海野十三

    松たか子と海野十三との親和性は何故? 読んだことないのでわからない(汗)
  • 「ある朝、谷川に臨んで己が姿を映しみると、既に虎になっていたのだ」
    「そっかー。まあ、そういうこともあるよね」
    「臆病な自尊心と尊大な羞恥心の故に、己は虎となったのだ」
    「わかるなー。僕もそういう時期、あったよ」
    「誰一人として、己の苦しみを分かってくれるものはいない」
    「取り合えず、お昼寝する?」
    「しよう」
    「にゃん♪」

    み・た・い・な( *´艸`)


    本棚から引っ張り出して改めて『山月記』と『名人伝』を読んでみたんですけど(『弟子』は鬱になるから読みたくない)、私の文章とどの辺が被ってるのかわからにゃい……(/ω\)


    ジャンルロンダリングって、考えた人を逆に尊敬しちゃいます、私。
    うまいこと考えるなぁ、って。
    やろうとしてる人には「やりたいならやれば?」って思うし、それを見て憤慨してる人には「自分の小説書けば?」って思う。
    そんなに自尊心膨らましてると虎になっちゃうゾ(^ω^)


    海野十三……。
    あれですかね。ほら、昔の推理小説って、怪奇小説と紙一重なところあったから、「ストッキング脱いで」って迫る怪人みたいな(大いに失礼)……。

    僕たちのルールはずばりでしたね(笑)。
    女神さまの阿刀田もなんとなく分かる気がします。
    隷属少女は……なんですかね(;´・ω・)

    っていうか、私のも三位らへんにちょくちょく松たか子出てきたんですけど、なんですかね? 歌のことなの? 作詞? それとも私が知らないだけで本も書いてらっしゃる?

    謎が~増えて~いく~♪


  • にゃーん! きゃわわ。
    まったくlagerさんはいい仕事するんだから! 文豪とにゃんこのSSシリーズやってください。相手が変わっても、にゃんこの相槌はこのパターンになりそう(笑)
    「臆病な自尊心」って描写だけで、中島敦すげえってなったなあ、高校生の頃(中二か)。えー、私は『弟子』好きだよ。子路かわいいなあってきゅんとくる(!?)

    なんだロンダリングってwwと笑っていたら、運営が注意喚起するぐらいの騒ぎになって驚いたのだよね。みみっちい話だよ。

    カクヨムで全ジャンル投稿の野望があるから、「ストッキング脱いで」でホラーにできるなら儲けものだが……
    ええ? 女神さま阿刀田っぽい? 隷属少女は、そうか、プロレタリアかって妙に納得できたのだけど。

    lagerさんのにも松たか子が!? 忘れちゃったけど、どなたかも松たか子が出るっていってたんだよなー。深まる松たか子の謎。
  •  ちょっとお母さん! 春のパン祭りに浮かれている場合じゃありません!

     【平沢】和明くんじゃなくて、【平山】和明くんだよお!
     『青い導火線 クセモノたちの狂詩曲』Episode 23 『春の嵐(1)』(彼の初登場回)を見てきたから間違いないです!
     名前間違いは、単なる誤字等よりも罪が重いよ? 誤字等が減点1なら、名前間違いは減点2〜5点だと思って下さい。
     なお、公募で一次選考に通らないのは、誤字等で刎ねられていると思って良いかと存じます。一次選考では、内容の審査は行なっていないはずなので。賞にもよると思うけれど。
     名前は紙で一覧表を作って、アップする前に照らし合わせて確認するべきだし、名前の漢字間違いに関しては、ユーザー辞書登録をすることによって、間違いを防げます。
     繰り返しますが、公募の一次選考・一次審査は内容のチェックではないはずです。
     裁判でいうと、『却下』と『棄却』の違い。
     つまり、一次選考は形式面(誤字脱字や名前間違い、設定の矛盾点など)で刎ねる『却下――管轄違いなど形式面だけで判断し、内容は審査せず門前払い――』。
     二次選考になって初めて、内容が審査され、そこを通過しないというのは、『棄却――内容を審理・審査した上で認められなかった――』ということなのです。

     将棋の羽生善治九段がおっしゃっていますが、『初心忘れるべからず、というのは、技術が初心者のままで良いといっている訳ではありません。物事に向かう姿勢が、【初めて印刷所に原稿を持ち込んだときと同じ情熱・真摯さで推敲をされていますか?】ということなんです』。
     奈月先生の技術は、若い頃より格段に上がっているかもしれませんが、推敲にかける情熱は、若い頃に及ばないでしょう。そこのところを、『初心を忘れないで下さい』ということなんです。
     慣れてベテランになってくるにつれて、そこが疎かになってくる。そこで足元を掬われている人、多いんじゃないかな〜?

     公募に関して、もう一点付け加えておきます。
     『賞の趣旨に合わない作品は応募しないで下さい』
     賞に合わない作品は、絶対に受賞することはありません。
     たとえ、筒井康隆先生とか、宮部みゆき先生クラスが書いた傑作でも落選します。何故か?

    『うわっ! この小説、ハンパなく面白ぇー。出版したら大ヒット間違いなしなんだろうな。
     けれどよ、いくら大ヒット間違いなしの作品であろうと、【激怖(げきこわ)小説大賞】なのに、ホラー要素皆無のラブコメ作品に大賞を受賞させる訳にはいかんでしょ?』
    ということです。
     少女向けお花畑恋愛小説レーベルに、どろどろ大人恋愛モノぶつけても、100%落選します。面白いかどうかの問題ではありません。レーベルの根幹に関わってきますからね?
     『このレーベル向きじゃないけど応募してみる』って方いますけれど、『やめとけ』と言いたいです。
     大学受験と一緒。その小説新人賞の傾向と対策を摑んで、それに合った作品を応募して初めて、まともに戦うことが出来るのです。
     『ある小説新人賞に自分を合わせる』か、『自分に合った小説新人賞を見つける』か。
     オールジャンルOKってのがありますが、そこに『身の毛もよだつ激怖(げきこわ)ホラー』ぶっこんでも、それは一般受けはしない(から受賞はしない)かと存じます。そこは落とし穴的というか。
     ガチの『ホラー』とか『ミステリー』を狙うのであれば、むしろそれ専門の賞を狙った方が良いでしょうね。

     以上、応援コメント欄から、こちらに引っ越してきました。
     私も、近況ノートを『投稿する』を押したのに消えて打ち直したことが、何度もありますよ〜★
     よそのお宅の近況ノート欄は訂正が効かないから、充分時間をかけて推敲したいけれど、消えるのが怖いからすぐアップしちゃう。で、あとで誤字等を見つけて、げしょ〜んと落ち込むのです。
  • 二話でも間違えてました。はい。すみません。直しました。

    >なお、公募で一次選考に通らないのは、誤字等で刎ねられていると思って良いかと存じます。

    これ、私は違う見解です。そうであるなら、最終選考の講評で審査員が「誤字が多い」「もっと推敲に時間をかけて」などど受賞作に対して苦言を呈するわけがないから。(複数の賞でみかけました)
    この苦言だって何も「誤字の多さ」を怒られているのではなくて、誤字が多い=推敲してないだろってことになるからです。
    何度推敲を重ねても誤字をゼロにするのは難しい。個人の能力、性格の違いもあるのだし(lagerさんなんか完璧主義だから誤字もない)「誤字ゼロ」は作家に求める能力じゃない。
    以前はどうかは知らないけれど。最近の傾向では、求められてるのは「職人」ではなく「素人」ゆえの斬新さです。発想の面白さ、読者を驚かせるストーリー展開。文章なんて二の次です。それで新人賞で選ばれてデビューしたとしても、ずっと「素人」のままなら消えていくだけなのでしょうけど。

    賞の傾向と対策については、あからさまな畑違いはもちろんそうだとは思うけど。そうはいっても蓋を開けてみないと分からない部分もある。推測であーだこーだいってばかりいてもしようがない。実地データに勝るものはないのだから、いろいろやってみてから、だよ。
    近々、私の2019年度公募コンテスト成績発表をしますのでお楽しみに☆
  • 奈月さん、こんばんはヾ(・∀・*川
    この度は、お忙しい中、拙作「死神に選ばれた女」に目を通していただきありがとうございます(〃'▽'〃) 
    また、評価の★までいただき、すっごくうれしいです*:.。☆..。.(´∀`人)
    カクヨムに来たばかりの頃、長編の執筆経験がほとんどない状態で書いた作品だけに、今読むと文章に粗が目立ち構成もイマイチで、穴があったらが入りたくなります……と言いながら、あまり進歩していません(ダメじゃん)
    でも、こうして古い作品に目を通していただいたことで、作品が日の目を見られたのはとてもうれしいことです。感謝&感謝です(*╹◡╹*)アリガト
    リハビリ執筆が終わりましたら、また長編にチャレンジできたらと思っています。よろしければ、覗いてやってください。

    まずは、おRAY……いえ、お礼まで☆彡
  • RAYさん。お久しぶりです~(^-^)

    いえいえ。こちらこそ読んでいただいていてありがとうございます。

    そうですか? 構成良かったですよ。サラちゃんの捨て身の作戦からの終盤、大興奮でした。
    私は長編が好きなので、長めのお話は~と古い方から辿って公式レビューのついてた「死神に選ばれた女」を今回は選んだのですけど、そのうち長編ものぞかせてもらいますね。RAYさんみたいにクレバーな方の作品から学ばせてもらいたい!
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