「お待ちしてました、妹(いも)たち。こちらが在原業平氏ですか?」「誰が芋だ。このアホ茄子野郎」「ズバリ“妹”というのは親しい女性を指す古風な言い方でしょう」「あんたといつ親しくなった。私たちは業平さんを置いたら、とっとと帰るから」
「お部屋は用意できてます。ここの二階になります。私はこの店の留守番を父から頼まれたので案内できかねますが──母さん、お客さんが到着したよ。お茶お願い」「旅館でもあるまいし。この階段を上がって行けばいいんだね。爺さん、下から覗かないでよ。それにしても急な階段だ。狭い家だってわかるよ」
「店番を母さんに代わってもらいました。お茶菓子なんか先生のお口に合うか、『萩の月』なんですけど」「あんた馬鹿だね。江戸時代の芭蕉なんか業平さんが知るわけないだろう。それにそんなもん爺さんの口に合うかどうか……爺さん、珍しいんで食べている」「先生は甘いものが好きかと。この菓子は芭蕉同好会のお土産でして、私は関わりがなく歌の道一筋の所存でございます」
「『シェイクスピア全集』『夏目漱石全集』『松尾芭蕉 奥のほそ道』『奥様の細道 写真集』とか。『万葉集』ぐらい置いときなよ」「それは爺さんのコレクションで、先生の歌集ならうちの店にもあると思います」「業平さんが現代の言葉わかると思っているの? 今日この世界に来たばかりなのに。業平さんとは和歌で会話するんだよ」「そうでした。さっそく白百合学園の短歌部の顧問就任おめでとうございます。小野さくら先生からよろしくお伝え下さいと。また、2ヶ月後は我が校の短歌部と練習試合があるそうなんで、私も出場させてもらいます」
「あんたそんなの無理に決まっているでしょ。今日やってきたばかりの人が2ヶ月後の試合なんて」「いや、それは先生が来る前から決まっていたことで、うちの部長の俵田もまちこさんとの歌会楽しみにしています」「まちこに勝とうなんて十年早いわ。私でも勝てそうだもの」「いえ、うちの部に今度入ってきた新入りが“寺山修司命”とかいう絶叫野郎でして。面白いと思いますよ。先生は判定だけでいいんです。選評とかいりませんので、私の歌を選んでくれればいいわけです」「誰があんたの歌なんて選ぶものですか?」