小野さくらは自分のことを歌ってくれたと思い感激して歌を返す。
「わびぬれば身をうきくさのねを絶えて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ」(つらすぎてこんなところにいれないわ、どこか遠いところへ連れてって)
さくらのこころに青春の緋寒桜が咲き始めていた。
二人が和歌で会話している間に小野まちこと柳棚国太郎の間で在原業平の住む手配は決められていた。そして小野さくらは彼女の短歌協会にも顧問として業平を推薦するというのだ。とんとん拍子に業平の落ちつく場所は決まってゆく。そして小野まちこの顧問にまでなろうとは誰が予想したであろうか。
そんなさくらに焼き餅を妬いてか、柳棚国太郎は話をまとめて、部屋に戻る時間だと告げる、
「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」(夢だと思いつつ目覚めたらもうあの人と別れなければならない)
小野さくらは女学生の卒業式に恩師との別れを想い涙した。
「から衣(ころも) きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
(わたしもなじんだ着物のように別れが辛いぞ、しかしこれも旅だからなあ)
用件が済むと柳棚国太郎は小野さくらを部屋に帰そうと車椅子を押した。今生の別れのようにさくらと業平は和歌を交換しあった。