本日完結、拙作
『縁側のカサブランカ【完編・連載版】』
https://kakuyomu.jp/works/16818093086570500394いつもありがとうございます。
朝吹様より、最大級の賛辞、レビューコメントをいただきました✨️
『縁(えにし)に帰属するということ』
https://kakuyomu.jp/works/16818093086570500394/reviews/16818622171860639555【以下、若干のネタバレを含みます。未読の方、ご注意下さい】
ます最初に、
たぶん共感はされない。
それは筆者は最初から承知済みなので、皆さん全く気にせず読み進めてほしい。
今作は、筆者自身も書きながらあることを覚悟しておりました。
それは、登場人物の中でも作中のヒロインである『夏子』が一番「共感できない」人間になるかもしれない、という事。
彼女のしたことは、現代人であれば???なことばかりである。
もはや、分別ある社会人としては異常でさえあるかもしれない。
作中の主人公にすら言われているのだが、彼女は「いい人ではない」のである。
優しさと云えば聞こえはいいが、その実は徹底したエゴと我儘である。
その為、作中では敵役だった田端のほうがずっと共感できるという読者も結構いるのではないだろうか。
実は、田端はかなりの「常識人」で一番共感できる人間として仕立てられているのである。作者の仕掛けとして、意図的に。
そのために、最後まで夏子に共感できない読者は一定数いることだろうと、覚悟の上で書いていた。……当然のように、初動の手応えは最悪、たぶん読みながら苦痛であった人も多かったのではなかろうか。
エンタメ作品としては最悪の仕上がりだろうが、一方で田舎の空気感と、その土地に住む(外から見たら)ワケワカラン人種というものを、嘘偽り無く生のまま描き出したつもりでもある。そこに住む人間を肯定したいのではない。
作中に筆者が盛り込んだ、影のテーマは、
「優しさだけを芯に生きていくことは出来るか」
というもの。
現代を顧みれば、優しさなど何の役にも立たない、むしろ邪魔ですらあるものかもしれない。そんなものよりも、「賢さ(賢しらさ、だろうか?)」と「狡猾さ」「器用さ」「共感しない力」を持つほうがずっと生きやすいと思う。
自分で言うのも何だが、筆者である私は見事に……そして恥ずかしながらこの歳になるまで、「素直さ」と「優しさ」だけを抱えて生きてきてしまった。結果、周囲に都合よく利用され騙され馬鹿にされ、手元には今何も残っていない。
私には、玲弥はいなかった。聡明な父母もいなかった。
だが、今残っているなけなしの「優しさ」は意味のないものか、と言われると反発したい気持ちもある。物語に刻むことで、世間に爪痕を残せるかもしれないという下心もある。
だが、現代で皆が捨てていったそれらは、本当に価値がないものだったのか。
その答えを知りたくて、
玲弥と夏子には、優しさだけを持たせて物語の世界へと送り出した。
そして彼らは当然のように苦労し、やはり共感を得るのは難しいだろう。
しかし、そこに生きる者たちが見せた命の鼓動は、たしかに光を放っていたのではなかろうか?
そのあまりにも強く鮮烈な光に共感できないのは、その強い光が自らの心に影を落とすからではないのだろうか。
たぶん、誰でも昔は持っていたのだと思う。
彼らのような、愚直な優しさを。
彼らは、おかしな大人のなり方をしてしまったが、それでもそこに紛れもない「人間」がいたということは、誰でも感じられるのではないだろうか。
そんな中でしか生まれない、現代人が捨ててきたなにかを、彼らは見せてくれたのではなかろうか。
たぶん共感はされない。
それは筆者は最初から承知済みなので、皆さん全く気にせず読み進めてほしい。
そして、そんな共感を呼ばない作品を最後まで影ながら読み進めてくれた
朝吹様に、最大限の感謝と敬意を送りたいと思います。
筆者の、まさに感じてほしかった心の襞までもすくい上げてくださったと、心から感激しております。
ありがとうございました✨️