ー~ーちょっと自分語りー~ー
(なんだか勝手にほざいているだけなので、死神ちゃんのまえがき程度に思っといてください)
ときどき、自分の小説に助けられることがあるんです。
六月に入ってから嬉しいことに沢山のコメントをいただいております。
カクヨムはコメントやレビューをいただくと通知が来るんです。着信音が鳴るたび、心が躍るんです。書いていて良かったなと。
コメントはほんとに楽しんで読ませてもらっています。モチベーションが何倍にもなります。そして最新話をあげた時にすぐに読んでくださっている皆さんも、同じように書いていてよかったと思えます。自分がコメント、レビューを待っているように、新話を楽しみに待っていてくれるんだと。
もうカクヨムでアカウントを作ってから一年以上が経ちました。実はそれより前から何万字と小説を書いていたんですが、読ませる人もいなければ、自分のは面白くないと中途半端に終わらせていました。
その点で、カクヨムに出会えてよかったと思っています。読者の皆様に出会えてよかったと思っています。
運が世界一悪いんじゃないかって思うことがあるんです。世界一不自由じゃないかって思うことがあるんです。そんなとき、小説の世界が逃げ場だったんです。カクヨムが逃げ道なんです。
なんでコミカライズ化されたい?なぜ書籍化?アニメ化?普通に嬉しいじゃないですか。でも別の理由としてはお金とかではなく、自分と言う者が存在したと、誰かが自分を必用(読みたいという形だけでも)としていると思いたいんです。
書籍化などをゴールに定めてたどり着けぬ人はたくさんいます。自分もその山に重なるかもしれません。でもそう思っても、自分より良いものを書いている人が書籍化されていなくとも、評価されていなくとも、書き続けているんです。
数字ばかりで比べられる世界で、コメントの文字は最強です。死神ちゃんのまえがきで話したことですが、実際あれは自分への励ましでもあります。自分のために書いたようなものです。慰めと言うか、応援と言うか。
不快にさせるつもりはないのですが、自分はよく逃げ出したくなります。全てから、何もないところに。暖かい室内より、冷たい外の夜が安心する。その夜に溶けていきたい。そう思います。もうなんでもいいやとよく思います。
そんな時にコメントを読んだり、自分の書いた小説を読み返します(誤字は普通に見逃しますよ?ご指摘ありがとうございます)。続きを書きます。読み返す作業も、書く作業も自分が生きるため。
小説を読んでくれた人は、どの作品も主人公が少しばかり似ていると思うかもしれません。だってなんだかみんな悲しいんだもの。単に自己投影しているだけだからです。小説の主人公、しょうじや琉太は自分のかけらです。そして死神ちゃんやマオちゃんは自分に欲しかったもう半分。
魔王がコンビニでバイトする、死神ちゃんの賞味期限、読んで感動?何かしら思ってくれた人、それは書いている間に自分の思っている感情とそう変わりありません。読み返している時にもう一度感じます。
小説を書きながら泣いたことはありますか?目の前の画面が眩しくなって見えず、キーボードが濡れる。手が震え、思考が止まる。
とぎれとぎれですが、要は、作者の自分も自分の作品の読者です。そして読者の皆様は自分を作る作者です。小説が良くも悪くも生命線になります。これから先が不安ですが、どうか、支えてください。
長く吐き出してすみません。それと、ありがとう。
たくさんの応援、ありがとうございます。おかげさまで今日も活動を続けられています。
そうだよ、そこに呼んでいるあなた。あなたがいるから私がいる。素敵でしょう?
(こんなもん書いてないで死神ちゃんの続き書けや!)