「えへへ! みんなありがとう! 私、みんなのこと大好きだよ!」
花守 花音12歳。金髪碧眼、小学生にしては胸が大きく、そして明るいみんなの人気者。
学校も、勉強も楽しく、その時までの彼女は、そんな日々が永遠に続くと思っていた。
しかし、花音の明るく、楽しい日常は中学へ入った途端、瓦解する。
「なにあの金髪? 染めてんの? しかもカラコンなんて生意気じゃん!」
花音の金髪碧眼と、明る性格に目をつけたのは、同じ女子バトミントン部の先輩。
どうやら目立つ存在である、花音が気に食わなかったらしい。
花音自身も、自分の金髪碧眼が生まれつきのものであり、皆はこれまで好意の対象として認識してくれていたことから、説明を省いてしまっていた。
彼女がたびたび口にする“人として”「好き」という言葉も様々な誤解を生んだ。
そしてそれらの誤解は花音を“虐める”理由付けとなってしまい――
「え……なに、これ……え……?」
とある日、花音はロッカーの中身を荒らされた。生まれて初めて目にする状況に花音は強い戸惑いを覚えた。
――どうして私が? なんで?
そしてそうされる理由がわからないまま、花音へ対する虐めは酷くなる一方だった。
もし小学校時代の同級生が側にいれば、状況は変わっていたかもしれない。しかし花音は将来のことを考え、小学校の同級生が全くいない私立の中学へ進学していた。
身一つで未開の地へ踏み込んだことが、仇となってしまっていたのだ。
――こんなのはすぐに治る。黙っていれば、つまらなくなりいつかきっと……
この状況を花音は耐えることにした。ここで食ってかかっても、相手を増長させるだけ。
それに両親は仕事で毎日忙しくしている。
だから自分のことで両親に迷惑をかけたくはない。
そう思い、花音は家では虐めなどなかったかの如く平静を装う。
だが、そうした強い意志はあれど、まだまだ未熟な彼女。
次第に心が蝕まれ、心に辛さが重くのしかかってくる。
そんなある日のこと、花音に一つの【転機】が訪れる。
「え!? わ、私がモデルに……!?」
ある日、街を1人で歩いていた時のこと、花音は"モデルをしてみないか?"と声をかけられた。
「あ、あの、私、中学生なんですけど……」
「そうでしたか。でしたら、一度保護者とご相談ください! 決意が固まりましたら、いつでもこちらへご連絡いただければと! ぜひ、よろしくお願いいたします!」
そういって身なりのきっちとした女性は名刺を渡し、その場から立ち去ってゆく。
こうしたスカウト関係は、怪しいものが多いと聞いている。
だけど、今の人は無理やりどこかへ連れてゆこうとはせず、ちゃんと親にも相談しろといってきたことだし……
――この時の、花音は何か変わるきっかけを探していた。
学校でのイジメは相変わらず陰湿かつ厳しい。そんなのだから、当然学校に居場所があるはずもない。
部活も前述の理由から、ほぼ幽霊部員。
でも、できることならこの状況を、少しでも良いから変えたい。なにかきっかけが欲しい。
そして今渡された、一枚の名刺はそう願う花音への、切符だったのではないか。
「お父さん、お母さん、実は今日こんなものをもらって……私、やってみたいの!」
その日、花音は迷うことなく両親へモデルにスカウトされた件を伝える。
父は最初こそ"怪しいものでは?"や"学校はどうする?"といった、疑問を呈する。
しかし、母が実際に同行して話をすること、花音の意思が硬いのであれば……そうした条件の下、早速名刺に記載された事務所へ連絡をし、直接会って詳しい話を聞くこととなった。
結果からして、この契約は至極真っ当なものだった。花音の母親も、信頼に値すると判断し、より具体的な話へと移ってゆく。
「まずは6ヶ月間、弊社が運営しておりますモデルスクールに入校していただきます。このスクールの最終段階でオーディションがあり、それの合格を持って、本契約とさせていただきます。尚、1回目のオーディションまでは弊社でスクールの学費を負担いたします」
つまり一回だけはチャンスを与えてくれると。
元々、好奇心が強く、チャレンジ精神が旺盛な花音は、この提案を二つ返事で了承した。
――こうして花守 花音のモデルになるための学校の合間を縫った半年間のスクールレッスンが始まった。
中学に入ってからイジメが始まり、部活にも行きづらくなった花音にとって、スクールのレッスンが部活のようなものだった。
スクールは1クラス8名の少数で、ウォーキング・ポージング・メイクの三つを学び、モデルとしての表現力や演技を学んでゆく。
花音にとっては初めて習うことばかりで、楽しいのもあるが、相応の疲れも伴っていた。
さらにクラスのほとんどが花音よりも年上の人ばかり。緊張してしまうのは否めない。
と、そんな中、
「こんばんは。もしかして、あなた花守さんでしょ?」
休憩時間に廊下のベンチで1人お茶を飲んでいると、長い黒髪のすらっとした女の子が声をかけてきた。
同性の花音から見ても、とても魅力的な人だと思えてならない。
「そ、そうですけど、えっと……」
「あーごめん! いきなり過ぎちゃいましたね! 私、【土肥《どひ》 明根《あかね》】! 花守さんと一緒の倉持チルドレンだよ!」
倉持とは、花音をスカウトした事務所の人の苗字である。その名を口にしたということは、この土肥という少女も……
「じゃあ、土肥さんも……?」
「そ! 私も倉持さんにスカウトされたの! いやぁ、ここって年上ばっかでちょっと寂しかったんだけど、花守さんが入ってきてくれたからすっごく嬉しいですよ!」
「え!? じゃ、じゃあ……?」
「あは! よく"年相応に見えない"ってよく言われます。タメだよ!」
タメ……同い年……この環境で、同世代で、しかも同じ人からスカウトを受けた人が現れたのはとても嬉しかった。
しかし同時に同い年の人間は花音に、学校で受けている嫌なことを思いださせる。
小学校のころならなば、もっと自然に会話ができて、心を開けた。
でも、今は、喜びと不安がないまぜとなった感情が、花音の口を硬く閉ざしている。
そして花音へせっかく声をかけてくれた土肥 明根という少女が、その様子を"拒否"と思ってしまったらしい。
「あーえっと……じゃあ、私はこれで……」
土肥 明根が隣から立ちあがろうとしている。
――これで良いのか? という疑問が花音の中に沸き起こった。
久々に、自分へまともに声をかけてきてくれた人へ、こんなぞんざいな態度をとっても良いのか?
実際、花音自身も、ここでの日常は刺激に満ちて楽しいものの、やはりどこか疎外感は抱いている。
おそらく、クラスの大半が年上ばかりで、話に全くついて行けないことなどが原因なのだろう。
そして、こうして声をかけてきてくれた【土肥 明根と名乗る少女もおそらく同じ思いをしている。
だからこうして声をかけてきたはず。
だったら……!
「ど、土肥さんっ! もし今日このあとよかったら、お話ししませんか!?」
花音は思い切って、去ろうとする土肥の背中へ、言葉をぶつける。
そうして長い黒髪を靡かせて振り返った彼女の顔は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「良いですね! そうしましょ! 門限とかありますか?」
「は、八時までに帰れば大丈夫です!」
「あ、ウチと一緒です! じゃあ、終わったら表に集合ってことで!」
久しぶりに同世代で、同性の人と明るい会話ができた。
そのことが花音はすごく、すごく嬉しかった。
この交流のおかげなのか、この後のウォーキングのレッスンで、とても上手いと初めて講師に褒められる花音なのだった。
――そうしてお互いにレッスンを終えた花音と明根は、夕食を兼ねて、近くのハンバーガーショップへと向かってゆく。
「降りる駅も一緒だなんて!」
「ギリギリまでお喋りできそうですね……?」
「あーえっと、花守さん!」
「は、はい! なんですか……?」
「ウチらタメだし、倉持チルドレンだしさ、敬語やめません?」
「そ、そうだね……!」
「うっわ、花守さん切り替え早っ! でも、良いね! そういうノリ!」
「土肥さんが話しやすいからだよ!」
まだハンバーガーショップに着いていないにも関わらず、2人の会話はとても盛り上がった。
小学校までの花音はたくさんの友達に恵まれていた。
だけど、明根ほど気の合う友達は、本当に初めてだった。会話が途切れず、時間を忘れるといった経験は初めての経験だった。
「まさか帰りの電車も、降りる駅も同じだなんて! 花音ちゃんって、もしかして運命の人!?」
「そうかもね! 私も明根ちゃんに出会えて嬉しいよ!」
――学校での生活は辛くて苦しい。
モデルスクールのレッスンも、結構ハード。
でも、あっという間に、名前で呼び合うような仲となった"土肥 明根"とならば、どんなに大変な日々でも乗り越えて行ける。
花守 花音はそう確信するのだった。
