最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――
https://kakuyomu.jp/works/16818622171006782162119話 何の慰めにもならんが
龍との決戦の直後、戦いの余韻と喪失感に沈む継承者たちの姿を描いた、静かなる追憶と感情の交錯の章。
継承者たちは神殿の幌馬車で帰還の途にあった。季節は夏の終わりを迎え、景色は穏やかさを取り戻している。しかし、幌の中にいる者たちの心は重く沈んでいた。
三女継承者ガントールは重傷で昏睡状態。二女オロルはその姿を見つめながら、戦果の達成とは裏腹に募る虚無感を噛みしめていた。一方、首の裂傷が癒えたアーミラもまた、ウツロに裏切られた事実に呆然とし、自責と喪失に押し潰されそうになっていた。
オロルはアーミラに問いかけ、戦場でウツロが突如行動を変えた理由を語る。尾の生えた娘、つまり災禍の龍の核が現れたこと、そして彼がその娘を見て様子を変え、詠唱を妨げ、アーミラの首を切って去ったこと。
アーミラは彼女がナルトリポカ集落を襲った者の一人かもしれないと推測し、怒りと悔しさを露わにする。しかし同時に、力も杖も失った今、自分にはなす術がないことに気づいて打ちひしがれ、涙を流す。
ウツロとの関係がただの「継承者と魔導具」ではなかったことをオロルは理解していた。そしてその儚い関係が壊れてしまった現実に、オロルはそっと過去を語り始める。
情緒的クールダウンとして丁寧に構成、前章までの爆発的展開とは対照的に、本話では描写も時間も非常にスロウで、登場人物の沈黙やささやきが印象的です。
「勝ったのに幸福ではない」ことを正面から描き、RPG的なファンタジー構造とは一線を画した重厚な世界観構築を行っています。
120話 変わってんなぁ思うてな
物語はオロルの回想に入る。
十歳の頃、海辺の漁村に生まれた彼女は雷に打たれ、掌に金の刺繍のような紋様――女神の継承の兆しを得る。
この出来事を神託と信じた両親は、狂気的に彼女に魔呪術の教育を施そうとし、家財を売り払って高価な書を買い与える。娘を継承者にするという夢に取り憑かれ、海を愛する少女オロルを部屋に閉じ込め、島の文化と魔術体系を叩き込む日々が始まった。
そんなオロルの心の支えになったのが、フリウラという少年だった。
彼は明るく、おおらかで、彼女の変わっているところを笑ってくれる存在。オロルが知識を嫌い、海に出たいと嘆いても、冗談交じりに励ましながらも一緒に勉強を続けてくれる。
しかし、時が経つにつれて、オロルの家族の笑顔は消え、代わりに無言の重圧だけが残るようになる。
わずかに現れた神の兆しに賭けすぎた両親は、生活を犠牲にしてまで彼女に継承者の座を押し付け、オロルは逃げ場のない日々のなかで孤独に勉強を続けるしかなかった。
そして十一歳のある日、彼女は部屋に閉じ込められたまま誰とも話さず、誰にも会わない生活を続けていた――そんな日々のなかで、久しぶりに彼女の名を呼ぶ声が外から届く。
一話まるごとオロルの過去。一人称語りでダイレクトに読者へ届く構成になっており、感情のリアリティと没入感を高めています。
「オロルが最初から自ら望んで継承者を目指したわけではない」という点が明示されたことで、オロルという人物の芯が見えてきました。また、両親の描写はファンタジーの皮を被った現代的な毒親像にも通じています。
121話 祈りの火
回想の続き、オロルはフリウラの訪問を受ける。
軟禁状態にある彼女のもとへ、フリウラは魔術で創った合鍵で小屋の錠を解き、扉を開ける。しかし、オロルは自らを出来損ないと認識しており、外に出ることを恐れている。
そんな彼女に、フリウラはたとえ話を交えて優しく諭す。「泳げない者をいきなり海に投げ込んでも意味がない」――つまり、オロルが今強いられている教育は理不尽で、段階を踏んで学ぶべきだと。
フリウラは、灯石を祈りで灯し、「これは祈りの火だ。願いが叶うおまじない」とオロルに渡す。オロルはそれを飲み込み、彼の温もりと信頼を受け入れる。
この出来事をきっかけに、オロルは本格的に魔呪術を学び……最終的に三女継承者として選ばれるに至る。
場面は現在へ戻り、「これは叶わなかった恋の話だ」と、オロルがどこか寂しげに言い添え、視線を外に向けた。
アーミラは思う。「たとえ帰る家が焼けてしまっても、自分を待っている人がいる。それだけで、救いになる」と。
物語は、使命を果たし帰途につく彼女たちの、静かな余韻とともに幕を引く。
子供の無力感
家族の呪縛と愛情の歪み
知識と才能の本質
言葉にならない「誰かに見ていてほしい」という願い
――こうした複雑な感情がすべての行動や言葉にしみこんでいます。
フリウラは壊すのではなく開ける手段を選ぶ。それはまさに、オロルの心を開く行為そのものでした。
オロルはこうして炎を呑んだ。
122話 約束
戦場から離れ、ウツロは気を失った龍の娘を抱いて荒野を進む。
その姿はもはや「人」でも「戦闘魔導具」でもなく、金属と肉体の融合した神性存在と化していた。
やがて娘が目を覚まし、自分を連れ去った鎧の男に敵意を露わにする。
問い詰めた彼女にウツロは答える。「兄だからだ」と。
娘の名前――セリナ――を呼び、過去の記憶(病室での会話)に触れると、彼女の中にもその記憶が蘇り、涙がにじむ。
彼らは再会を果たすが、その過程には互いに語れない空白がある。
セリナはウツロが助けてくれなかったとは言わないが、事情を話すことも拒む。
ウツロも彼女を守れなかった事実に胸を痛めながら、それ以上は追及せず歩き出す。
セリナ――今の名は「ニァルミドゥ」――は、彼を禍人の拠点へ案内することを約束する。
その根城は、神の怒りで地中に沈められた塔の遺跡であり、今では龍人族の拠点となっていた。
それぞれのキャラクターが、旅立つ前の世界を垣間見る展開が続きます。過去と向き合うフェーズ。
セリナが号泣するのではなく、言葉少なに俯いて「ほんとだよ」とだけ呟く描写に、これまでに積もった絶望と哀しみの重さがすべて詰まっています。
「『禍人種』って呼ばないで」→ 呼称を正すセリナの言葉には、彼女が既にこの世界に深く関わってきたこと、そして彼らへの思いや誇りを持っていることが示唆され、今後に大きな物語的火種を感じさせます。
短いやり取りで奥行きが出るようにセリフを練りました。セリナ側の掘り下げをする尺がないのでね……。