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二次創作に詳しい方、教えてください!!

 誰か教えてください。
 二次創作の小説って考えてみれば、よくわからんのです。

 漫画なら、当然、原作の絵をまねるわけじゃないですか。

 小説も、やはり元の文体をまねるものなんですか?

 私は前にも書いたけど、人の小説をのっとってぶっ壊すのが好きなので、その人の文体を分解して特徴掴んで真似して、続きの話を勝手に書いて、途中でシリアスをギャグやエロに変えてキャラクター&ストーリー崩壊させるとかやっていましたが……そういうのが二次創作という認識で正しいですか?w

 それとも、文体は無視するものなんでしょうか?

 「ゼロの使い魔」をまずは読むべきなのか……悩んでいます。

10件のコメント

  • 二次創作に詳しいかといわれると学生時代に書いていて、今も一部読者なのですが…

    様々な方がいらっしゃると思いますが、二次創作は基本的にその作品を愛して書いていれば特に問題はないと思います
    漫画も絵を真似ている方もいらっしゃいますが、好きなキャラクターを自分の画風で描いていらっしゃる方もいらっしゃいます
    小説も文体を注視して書いていらっしゃるかたもいれば、書いていなくてもキャラクターや世界観への愛を叫んでいる方もいらっしゃいますし…

    原作を知らないからこその、視点もあるかと思います
    がっつり読んでいなくても、ネットで登場人物のことは調べた方がいいかもしれませんが…大丈夫だと思います…よ?
  • ■ひちばさん

     ありがとうございます。
     とりあえず、アタックしてから悩むことにしてみます。
  • はじめまして。

     前後の文脈をほぼ理解せず好きなことを書きますが、『ゼロの使い魔』も大変優れた立派な作品だと思いますが、二次創作をしようと言うことでありましたら、『涼宮ハルヒの憂鬱』も熱烈に推していきたいと思っていますよ。

     さて、漫画でありますれば、『涼宮ハルヒの憂鬱』には二つ(三つ?)の主要な二次創作があり、ひとつはツガノガク氏の『涼宮ハルヒの憂鬱』漫画バージョン、もうひとつはぷよ氏の『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』および『長門有希ちゃんの消失』であります。あとまあ『にょろ~ん ちゅるやさん』もありましょうか。あとアニメ版も言うなれば二次創作ということになるのかもしれません。
     これらの作品群では、絵を原作、つまりいとうのいぢ氏のものに完全に似せているかというとそういう訳でもなく、キャラクターの特徴を活かしつつ、全体に独自の路線、各人の画風に即して描いているように思われます。そして、別にそれで良いのではなかろうかと思います。
     ようするに、原作のキャラクターについてある程度の共通認識があり、このキャラクターはこの人物であるということがはっきりしていればそれで。アニメ版はかなり原作に寄せているとは思いますが。

     ということで、漫画であってもこれだけ多様な様相を呈しているのだから、小説に関して言うと、そこらへんはもうフリースタイル、という認識でよろしいのではなかろうかと思います。

     一応『涼宮ハルヒの憂鬱』で言えば、基本的にはキョンという少年の一人称で話が進行しますので、それを踏襲した方が読み手にとって「わかりやすい」ということになるかと思います。そのため、共感も得やすいですし、警察機構の出動も最小限に抑えることが可能です。
     
     一方、根強い人気があるスタイルには、キョン以外の人物を視点人物として、ある出来事を別の人物の思考・視点を通して再解釈するというものがあって、この場合原作の文体に似る必要は必ずしもありません。ただ、原作中でその人物が発するセリフ、行動から、「この人物が内心こういうことを考えていてもおかしくない」というレベルで文章が構築されていると、俺は米を炊いて飯の準備をする形になります。

     また、全然それとは関係なく、その人たちが動く世界の物語を三人称で描くという路線もあるでしょう。この場合は、彼らのセリフ・口調・思考形態に関して、原作に準拠してあれば、それを取り巻く文体というのは完全にオリジナルであっても良いのではないかと思います。

     すでに退会されてしまいましたが、「涼宮ハルヒの憂鬱」を俳句という形で再解釈するという作品もありました。

     俺はどれも好きです。そしてどれであっても嫌い、あるいは好きではないものもあり、それは好みの問題でしょう。

     ただ、二次創作とは何かということを語るうえでは、結局『お前は何をそれに求めているんだ』『お前が好きなのはなんなのだ』というところを避けて通れないので、この「好みの問題」についてもう少しだけ話をしたいと思います。

     俺が好きなのは基本的には、そこに書かれていなかった物語を書いた作品です。ようするにどう頑張っても作品世界というのは有限なものなのであります。しかし、ある作品を好んだ人間にとって、それは非常に度し難いことなのです。なぜこの世界は有限なのか? なぜ無限の広がりを見せないのか?
     そう考えたときに、(もちろんそれは所詮人間の営みであるので、有限性が取り払われることは一生ないのですが)その世界を拡張する要素を持つ作品、というのが、俺の好きな二次創作であります。
     だから例えば、あいまいな関係性を持つ作中人物間の関係性を発展させようとする二次創作というのは、たとえばAがBに告白するといった物語は、それが本来は「一回しかできない」ということから拡張性を持たないので、いや、好きですね。これも好きだわ。あれ、おかしいな。いや好きなんですよ。困ったな。話がまとまらない。
     話を強引に戻すと、「ああ、そこのセリフはこういう意味だったのですね」「この設定にはこういう意味があったんですね」という再解釈ができるような話が好きだということなんですね。その再解釈によって、作品世界は拡張され、有限の物語世界は少し広大になって、その世界をもう少し長い間楽しむことができるようになる。

     したがって、そういう要素さえあれば俺は好むということになります。そういうものを『二次創作』と呼びたいのだということです。その点で言うと、文体がどうこうというのは副次的な要素に過ぎないと思います。
     逆に言えば、文体がどれだけ一致していても、「続き」を二次創作で読みたいかというのはまたちょっと違った欲望ということになります。あとキャラクターの崩壊ものも一定の人気はあると思いますが、これも別の路線の欲望、または性癖ということになります。

     ただ、そういうものを好む人間もこの世にいることを認めたいとは思っていますし、なんだったら手を取りあって語り合いたいとも思っています。君が好きな世界の話を俺にたくさんしてほしいと思っています。
     このように人間の欲望・性癖というのはかなり無限に細分化されうるもので、ですから文体がどうのこうのということにも、それ以外の要素についても、こうする「べき」という論はないのだ、というのが結論なのではないかと思います。ただそこには各人の欲望が渦巻いているだけです。
     ※ただ明らかに作品のことを知らないんだなあ、ということが露呈すると、混乱は生じやすいのではないかと思います。

     どうぞ素敵な二次創作を作っていただければと思います。未来に幸多からんことを祈念しております。
  • どうも、元々は二次創作(読み専)メインだった人です。カク方はオリジナルのみでしたが、二次にはそれなりに長い時間触れてきたつもりです。
    二次創作の小説なら、投稿サイトのハーメルンでゼロ使二次を見てみるとよいのでは?カクにしてもヨムにしても、あそこが一番参考になるかと。あとはPixivの小説とかも。
    個人的には、原作を下敷きにしてオリジナルの物語を創り出す、というのがいわゆる二次小説だと思います。
    文体そのものは自分のものであることもありますし、または原作に寄せる場合もあります。その辺りのさじ加減は作者によります。
    よって必ずしも原作沿いにしなければならないわけではないのですが、あまりに原作を無視したものは原作レイプと呼ばれて嫌われます。ヘイト創作なんかもそうです。
    ゼロ使については、wikiでさらっと内容・登場人物くらいはおさらいしておくのがよいかと。
    ……ちなみに、原作よりもクオリティの高い作品なんかもごくごく稀に見つけることがあります。
  • ■雅島貢 さん

     まずは、熱のこもった詳細な説明を頂きありがとうございます。
     読んでいるだけで、鼓動が高鳴るようでした。
     熱意が非常に伝わってきました。

     また、二次創作に必要なものは、やはり「愛」であると。
     それはメディアはなんでも一緒なのだなとつくづく思い知らされました。
     「愛だろ、愛」ですね!(笑)

     「涼宮ハルヒの憂鬱」は、アニメも見ましたし、1巻だけですが小説も確か読んだと思います。
     小説は視点がおもしろかったと記憶しています。
     確かに作品は多いですよね。
     アニメ、漫画、小説……そういえば、私の友人もスニーカーで「長門有希ちゃんの消失」をノベライズ化してましたっけ。
     大人気の作品ですね。

     今回は、メディアミックスとスピンオフなどはわかるのですが、こういう二次創作の世界の小説には、またなにかルールみたいなのが合ったりするのかなと思い尋ねてみました。
     大変、為になりました。
     ありがとうございました。
  • ■詩織 さん

     解説ありがとうございます。
     ゼロの使い魔は、一応wikiで見てから挑みました。
     ちょうどアニメで見たシーンではあったんですよね……。
     でも、やはり難しいです。
     ちょっと二次創作は様子を見ることに致します。
     わざわざありがとうございました。
  •  若干文脈が分かりましたので補足させていただきますと、
    ようするに二次創作を『読む』時に、前提の作品の知識は必要かという問いかけであった訳ですね。

     「まあそりゃあいるでしょう」というのが俺個人の答えです。
    中には作品の知識がなくてもいけるものもあるかもしれません(カクヨムですと、『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスとの付き合い方』という作品は、涼宮ハルヒの憂鬱を知らなくても読めます)が、基本的には作品のキャラクター・設定などに基づいて、時には拡張をしたりするというのが二次創作の面白みの中核だと思いますので、登場人物がこういうキャラクター性を持つであるとか、このセリフは名セリフということになっているとかということを知らないと、全ては楽しめないのかなと思います。
     たとえば『ジョジョの奇妙な冒険』には、多数の二次創作がありますが、奇書と言って良い舞城王太郎氏の「JORGE JORSTAR」でさえ(さえ、と言っていいかどうか)前提知識は必要と思います。(同氏の「九十九十九」に関しては、原典をほぼ知らなくても面白いかなあとはちょっと思うので、これも必ずということはないのですが)
     続き物の作品の3巻とかだけを読んで、その作品の評価ができるか? ということだと思いますね。まあ涼宮ハルヒの消失はそれだけで読んでも評価していいと俺は思いますけど。

     それから、ご友人の作品に関しましては俺も読みましたが、まあ対価を払ったので言っても良いと思うので言いますと、原典に遠慮をされておられるのかなというのが個人的見解で、この原作-ノベライズ関係をスタンダードと捉えるとちょっと話が変わってくる可能性があります。そういう意味では、「遠慮せず、好きに答えを出していい」というのが二次創作の魅力なのではと俺は思っています。何度も言いますが個人の好みの問題で、しかしもうこれに関しては個人の好みを語るしかないということです。
  • ■雅島貢 さん

     コメントありがとうございます。
     友人というわけではなく、読書依頼があったので、さてどのように対応しようかなと悩んでの事でした。
     私的にもやはり原作を知らずして書くのは、むしろ失礼と思い今回は文章に対しての意見にとどめました。
     ご教授いただきありがとうございました。

  • 今回の対応、基準の変更については、それでいいと思います、というとエラそーですが、そこを批判したいということではないです。
    その根拠としては、そもそも原作知らないと面白く無い部分があると思われるので、ということです。

    ではなんでしつこく書き込むのかといいますと、「ご友人」という方と読書依頼をされたカゲヤマ氏とは無関係だということは承知しておりますということは言っといた方がいいのかなと思ったからです。
    分かりにくい文で誤解を招いて申し訳なかったのですが、先の俺のコメントで書いたご友人の作品というのは、長門有希ちゃんの消失のノベライズ版を指しておりまして、カゲヤマ氏の作品は未読であります。ので、先のコメントでの評がカゲヤマ氏の作品の評ではないんですよということは言い訳させてください。

    いずれにせよ、今回の疑問は解決されたようで、なによりです。
    今後のご活躍を期待しております。
  • ■雅島貢 さん

     なるほど。
     失礼しました。そちらでしたか。
     了解しました。
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