今風のSF書けば? はやるかもよ?

今風のSF書けば? はやるかもよ?
という嘲笑っぽいポストを見かけました。
そんなことを言う方は、 web 小説投稿サイトでSFジャンルや、SF関連タグのついた作品を眺めてみるといいのです。
品質はともかく、今風のSF作品をたくさん見つけることができます。

では、なぜ、それら今風のSF作品が「今風のSF書けば? はやるかもよ?」と言われるほどに注目されないのか?
その理由にはいくつかあるでしょうけども、ここでは2つに絞って書きます。

まず1つ目。
web 小説投稿サイトにあるような、今風のSF作品が注目されないのは、 web 小説投稿サイトで開催されるようなコンテストで、それらの作品がなかなか受賞しないからです。

受賞しない理由には、もちろん品質の問題もあるのでしょうけども、コンテストの審査側にも問題があるような気がします。
審査側に、受賞させる気が無いのではと、わたしは思っているのです。
もし、それが事実なら、今風のSF作品が注目されるはずもありません。
そもそも、 web 小説投稿サイトで開催されるようなコンテストには、SFジャンルすらないのですから。

次に2つ目。
SFファンの心の中に、 web 小説投稿サイトにあるような、今風のSF作品を、SFとは認めない見えない壁があるのではないのでしょうか?

ハヤカワSFコンテストや創元SF短編賞、日経星新一賞、そしてさなコンなどを眺めていると、投稿サイトにあるような今風のSFってどうなのかと思えてきます。
SF公募の多くは「広義のSF」を募集しています。
しかし、その「広義のSF」にすら、投稿サイトにあるような今風のSFは入ってないんじゃないかと思えるのです。

SFファンは、SF要素があればなんでもSFであると言うことがあります。
しかし実は、SFとそうでないものとの間に、明確なラインが引かれているのではないのでしょうか?
そのラインの1つが品質で、SFファンは、まず第一に、そこを見ていると思います。
そしてもう一つのラインが内容で、そのラインの内側をSFなのだとすれば、そこには、 web 小説投稿サイトに見られるような、今風のSFは入っていない気がするのです。
だから、「広義のSF」を募集したところで、そこで web 小説投稿サイトに見られるような、今風のSFが受賞することはないのではと思えるのです。
SFファンは、なんでもSFだと言います。
しかし実は、その内部に明確な線引きが存在するのではないのでしょうか?
そして、その線の内側に、web 小説投稿サイトに見られるような、今風のSFはないのです。

web 小説投稿サイトで開催されるようなコンテストにある問題、そしてSFファンの心の中にある問題、それらがある限り、 web 小説投稿サイトに見られるような、今風のSFが注目されるのは難しいと思っています。
もっとも、SFファン以外の読者に大うけするSFが生まれる可能性はゼロではないでしょうけども。

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