何とかコウテイバッタを倒し、マックスたちは頭だけを持って王都のギルドへと帰還した。
彼らはあまりにもデカいコウテイバッタの頭を2人がかりで引きずりながら歩く。
道端でその光景を目にしたものは、彼らを拍手で迎え入れた。
だがそれに応えるだけの元気はマックス以外の者にはなく、弱々しく手を振ってそれに応じるだけであった。
他方謎の草を接種したマックスは元気が有り余っており、笑顔で手をブンブン振っていた。
ギルド前までコウテイバッタの頭を引きずってきた彼らは、一旦それをギルド前に置いて中へと入る。
「おぉ! 竜討つ剣だぞ!」
「本当だ! おーい、今回は何を狩ってきたんだー?」
「皆さん一旦落ち着いてください! 竜討つ剣の皆様、お疲れ様でした。こちらにおかけください」
他の冒険者たちよりも先に案内された彼らは、とりあえず収穫してきた薬草を引き渡した。
受付嬢はそれを天秤にかけて重さを計測し、その後1枚1枚の品質を確認するために裏に回した。
続いて彼らはダークウルフの肉以外の素材を出す。
「これは……ダークウルフの素材ですか。一応お聞きしますが『不落宮』からの不正輸入ではないですね?」
「あぁ。正真正銘俺たちが狩ってきたダークウルフの素材だ。だが腰から下はもともとなかったからこれだけしかないが」
「そうでしたか。でも一番高い部位の牙が残っている以上、かなりの金額になるでしょう。詳しい金額は査定の後になりますので少しお待ち下さい」
「わかっている。それと見てほしいものがあるんだが……」
マックスはそう言ってギルドの扉を指で指し示す。
受付嬢は彼らに従って扉から出て、彼らの見せたいものを見る。
それは勿論コウテイバッタの頭であるが、あまりのデカさに彼女は一瞬建物内に避難した。
「あのー、あれの査定もお願いできるか?」
「あ、あのデカいバッタもですか……? そ、そうですよね。わかりました。お手数ですが建物の裏に動かしてもらうことは可能でしょうか?」
「あぁ、構わないぞ。いつもの場所で良いな?」
「えぇ。よろしくお願いいたします」
マックスたちは再びコウテイバッタの頭を引きずってギルドの建物の裏に運び込んだ。
応援のギルド職員も複数出てきて、彼らはコウテイバッタの素材の査定に入った。
だが初めて見る素材であるらしく、その査定は困難を伴った。
「すみません。今まで見たことのない素材でして、判断にかなりの時間を要すると思われます。そのため先にこれ以外の素材の換金をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「了解した。では行こうか」
コウテイバッタの査定は残りの職員に任せておき、マックスたちと受付嬢はギルド内に戻った。
もう既にその他素材の査定は終わっており、査定額が書かれた紙が机の上に置かれていた。
その価格を双方で確認した後、その紙にマックスはサインをした。
「ありがとうございます。代金の支払いなのですが、今まではギルド内で行っていましたが今後はギルド外での換金に変更になりましたので、クエスト達成の報酬金と合わせた額面を書いた小切手をお渡ししますのでそれを王都内の銀行に持っていってください」
「へー、何かしら新しくなるとは聞いていたがそうなったんだな。教えてくれてどうもありがとう」
「いえいえ、構いませんよ。ではこちらを」
代金の合計が書かれた小切手を受付嬢はマックスにわたす。
彼らは代金があっていることを再び確認し、受付嬢から受け取った。
その後、彼女はもう1つ何かをマックスに渡した。
「先ほど受け取った薬草の中に、このような草が紛れていたようです。こちらは買い取りできませんのでお持ち帰りください」
「うん? そうか、すまない。一体どんなのが紛れ込んでいたのか……」
「こちらです」
マックスは受付嬢から受け取った草を見てみると、それはダークウルフのいた場所で採集した謎の草であった。
彼はその草のお陰で『ヘカントケイル』の反動を完治できたことを思い出した。
受付嬢にその草を示しながら彼は言う。
「この草は俺が森の中で採集したものだ。俺のスキルは知っているか?」
「えぇ。『ヘカントケイル』だったと思います。冒険者最強のスキルとして有名ですからね」
「そうだ。だがあのスキルには強さゆえの反動があってな、その反動のせいで体がかなりボロボロになる。その傷をこの草は一発で直してくれたんだ。普通の薬草だったら数週間かかる傷をな」
「それは凄いですね……そういえばそれで思い出したことがありました。少し待っていてください」
受付嬢はそう言うとカウンターの裏の方に回り、何かを探しに行く。
しばらくして彼女は目的のものが見つかったのか、手に何かを握って戻ってきた。
そんな彼女の手に握られていたのは、何らかの液体の入った瓶であった。
「それは?」
「最近の新たな不落宮の捜索で見つかったものです。これもその草のように一瞬で傷を治す力を持っているんです。私たちはこれをポーションと呼んでいます」
「へぇー、ポーションか。ならば今までの薬草をすりつぶして濾しただけの薬は使われなくなるのかな?」
「いえ、現状あまり数がないので回復面では引き続き薬草が使われることになると思います。製法も成分も何もわからない物体ですのでね」
マックスはポーションを明かりに照らして眺める。
他のメンバーにも見せた後彼はポーションを受付嬢に返した。
マックスは謎の草の葉を1枚ちぎって、受付嬢に渡す。
「同じ効果を持っているのであれば、もしかしたらこの草が関係しているのかもしれん。代金は結構だからこれを研究用に使ってくれ」
「え、よろしいのですか?」
「勿論だ。これで他の冒険者たちが少しでも安全にできるようになれば良いからな」
「……わかりました。では責任を持ってお預かりさせていただきます」
受付嬢は葉を受け取り、近くにおいてあった紙でそっと包んだ。
用事も終わった彼らは席を立ち、彼女に別れの挨拶をしてギルドを去った。
ギルドの建物から出た彼らは、受け取った額面の書かれた小切手を見つめた。
「……これだけあれば武器、買い放題だな!」
「弓もうんと良いものを新調しよう。それでいいだろうアントン?」
「あぁ、勿論だ。じゃあ早速行こうか、”爺さん”の店に」
「そうだな。だが銀行で金をおろしてからだぞ?」
彼らは4人揃って銀行へと向かい、小切手を渡した。
小切手に書かれた額面分の硬貨を手に入れた彼らはいくらかを4人に分割し、残りはパーティーの金として銀行に再度預け直した。
一気に増えたパーティーの残高を見て、マックスはニヤニヤと笑う。
「おいマックス、その金もおそらく一瞬で溶けるぞ?」
「そうだった、ガーン……」
「おいおい、そんなにしょげるなって。また稼げばいいじゃないか」
「そうだけどよぉ……せっかく大金持ちになったのになぁ……」
彼らはそんな事を言いつつも銀行を後にし、”爺さん”のもとに向かった。
大通りから離れた路地へと彼らは入っていき、右に左にと曲がっていく。
しばらく歩いていると、ランプを掛けた小さな武器屋が見えてきた。
「おーいターナー爺さん、元気してるかー?」
「おぉ、マックス。それにゲオルグ、アントン、ヤコブ、久しぶりだな。武器を見に来たのか?」
「あぁ。少し見させてもらうぞ」
「勿論じゃ。いくらでも見ていくが良い」
ターナー爺さん……それはルクスタントの王都にひっそりと武器屋を構える名工であった。
彼の作る武器は非常に優れており、わずかに市場に出回ったものは非常に高値で取引されていた。
だがターナーの武器を正規で購入するためには彼の知人からの紹介が必要であり、非常にハードルが高かった。
しかしマックスは、ターナー爺さんを誰かに紹介されたわけではなかった。
〜〜〜〜
マックスが小さい頃、路地裏で遊んでいた時に彼は思わず深くまで行きすぎてしまい、迷子になってしまった。
もう日も沈んできており、明かりのない路地裏は真っ暗になった。
そんな彼は光を目指して走っていくと、そこにはターナーの武器屋があり、幼いマックスはそっと中にはいった。
最初マックスを見つけたターナーは非常に驚いていたが、段々とマックスのことが可愛く見えてきた。
彼は少し前に妻と息子が魔物に襲われ先立たれており、幼いマックスのことを自分の子供と重ねてしまった。
そんなことが起こらないようにと彼は小さなナイフをマックスにプレゼントした。
マックスはそのナイフを貰ったことを非常に喜び、早速そのナイフで小さなスライムを狩った。
そのスライムの残骸を見せに戻ってきたマックスにターナーは驚いたが、自分の武器を使ってくれたことに喜びを感じていた。
それ以降、彼はマックスに武器を作るようになったのであった。
〜〜〜〜
「この前はゲオルグに大剣を作ったが、今回は誰に作れば良いのかな?」
「今のところはアントンの新しい弓を探しているんだ。爺さんは弓も作れたよな?」
「勿論じゃ。どんな弓を今使っているのか見せてもらってもいいかな?」
「わかりました。これなんですが……」
アントンは背中に背負っていた弓を取り外し、ターナーに渡した。
彼は掛けている眼鏡をずらして弓の細部を観察し、何かのメモを近くにあった紙に取る。
しばらくじっくり眺めた彼は弓をアントンに返し、そして言った。
「アントン、君は力が強いか?」
「え、えぇ。まぁ人以上には」
「そうか。ならばもうちょっと強い弓でも良いんじゃないかと思う。少しこっちにきたまえ」
「了解です」
アントンはターナーについて、店の後ろにある訓練場に移動する。
そこの壁には多量の武器が掛けられており、その中の1本をターナーは取ってアントンに渡した。
彼は用意されていた練習用の矢をつがえ、引き絞って放った。
「うーん、初速は早いけどどうも引くのに力がいるなぁ……」
「今まで少し弱い弓を使っていたせいじゃろう。まぁ使うにつれて慣れると思うが」
「他の弓も使ってみていいですか?」
「勿論じゃ。気にいるのがあればそれを元に新造するゆえ、いつでも言っておくれ」
アントンは片っ端から弓を取り出し、引き絞っては弓の感触を確かめる。
いくつもの弓を試している間、ヤコブはヤコブで盾を試していた。
だが自分の使っているものがまだ使えるうえ、取り回しが良いので変える必要はないかと考えた。
「どれもしっくりとこないなぁ」
「儂の作るのは基本的に強い目に設定しておるからな。なにか良いのは……」
ターナーは少し考えた後、何かを思いついたように訓練場から姿を消した。
しばらく待っていると彼はひとつの弓を持って戻ってきた。
それは個々にあるものとは似ても似つかない弓ーーコンパウンドボウであった。
「これは儂が作ったものではないのじゃが、秘密裏に行われた武器の競売で競り落としたものじゃ」
「へぇー。にしても全然見たことのないような装置がたくさんついていますがなんでしょうねこれ?」
「わからん。じゃから解析用にと思って競り落としたのじゃが……なかなかに再現が難しくてのう。特にこの素材、金属のようじゃがどう頑張ってもこの強度としなやかさが出せんのじゃ」
アントンはターナーから弓を受け取り、矢を番えて放つ。
コンパウンドボウの機械的な補助もあって少ない力で引くことが出来、かつ早いスピードで打ち出すことが出来た。
アントンはその速度と打ちやすさに驚き、思わず弓をガン見する。
「凄いですねこの弓。何かに後押しされているような使いやすさを感じます」
「じゃろう? すごい弓じゃから再現したいのじゃがのう……」
「にしてもこんなすごい弓……誰が作ったんでしょうね?」
「さぁ、誰が作ったかは名前も何も刻まれておらんゆえわからん。じゃが確実なのはこの弓がかつてのヴェルデンブラント王国の騎士、ドルンベルクが愛用していた武器であることはわかっておる」
ドルンベルクは死んだ今も尚、弓使いの中では神のような存在として崇められていた。
そんな彼の使っていた弓であることもあり、アントンの興奮は頂点に達していた。
だが、そんな彼の心には一種の迷いも生じていた。
「これは素晴らしい弓ですし、ぜひ保有したいとは思います。ですがドルンベルク様という偉大な方の使っていた弓であり、これはやはりヴェルデンブラント王国に返還するべきなのではないでしょうか? こうして使うのもなんだかドルンベルク様に申し訳ないですし……」
「……アントン、武器にとって一番幸せなこととはなにか分かるか?」
「え、幸せなことですか? 壊さないように大事に使うこと?」
「まぁそれも大事じゃな。じゃがそれよりも大事なことがある。それは壊れようとどうなろうと、武器を武器として最後まで使い続けることじゃ。武器にとってただ飾られるだけなど最も悲しいことじゃ。いいかアントン、武器は使われるためにあるのじゃ。ずっと使うことこそ武器にとって最も幸せなことなのじゃよ」
そう言われたアントンは、手に持っているコンパウンドボウをじっと見つめた。
彼はしばらく考えた後、ぐっとコンパウンドボウを握った。
彼はターナーの目を見つめ、そして言った。
「ターナー爺さん……この弓をください」
「……本当にその弓で良いんじゃな?」
「勿論です。壊れるまで大切に使わせてもらいます」
「……そうか、分かった。じゃあ売却価格の交渉に移ろうか。あ、あと今まで使っていた弓はこちらで買い取らせてもらえないだろうか? しっかりと再整備して次の持ち主に使ってもらえるように計らおう」
「そこまで……ありがとうございます」
その後彼らはコンパウンドボウの売却価格について、夜遅くまで話し合った。
最初はターナーが高額を提示したため交渉は難航したが、最終的にはかなりの格安での売却に決定した。
ドルンベルクの弓ということでアントンはパーティーの貯金ではなく自分の口座から金を出すことを申し出、彼は貯金の大半が吹き飛ぶのと代わりにコンパウンドボウを手に入れた。
「これでこの弓はアントン、お前のものじゃ。もしも壊れた時は持ってきなさい。全部とはいかないが一部の構造は解明できておるから修理することができるかもしれん」
「ありがとう。本当にありがとう……」
「構わんよ。さっきも言った通り武器は使われてなんぼ、その弓も使われて喜んでおるよ」
「ドルンベルク様……貴方の弓、大切に使わせてもらいます」
彼らはその後ターナーの店を離れ、彼らが借り上げている宿へと帰った。
そんなアントンの背中には、新しく調達されたコンパウンドボウが掛けられていた。
弓は月明かりに照らされてきらきらと光っていた。
◇
場所は変わってイレーネ島、帝国宮殿ーー
コンコン
「御主人様、オリビアです」
「どうぞー」
「失礼いたします。御主人様、お呼びになりましたか?」
オリビアは執務室に入ってくると、扉の横に控える。
俺は手に持っていたペンをペン立てに直し、机の上の書類を整理した。
その後俺は立ち上がり、オリビアのもとに行く。
「オリビア、こんな時間に突然すまないのだが、すこし2人で庭を散歩しないか?」
「散歩……ですか? えぇ、構いませんが……」
「良かった。じゃあ行こうか」
俺はオリビアを連れて執務室を出て廊下を歩く。
窓からは月明かりが差し込んでおり、廊下を薄明るく照らしていた。
迷路のように入り組んだ廊下を通り抜けた俺たちは中庭に出て、階段を降りて庭に降り立つ。
「おぉ……なかなか冷えるな……」
「本当ですね。御主人様、風邪を引かないように気をつけてくださいね」
そういうオリビアの着ているメイド服はロングスカートであるが、下からは冷たい空気が入ってきて寒いであろう。
これではあまり効果がないかもしれないが……ないよりはマシであろう。
俺は着ているコートを脱ぎ、オリビアの肩にかけた。
「! 御主人様、風を引いてしまいますし私には勿体ないです。それに私は大丈夫ですし……」
「こういう時は黙って着ておきなさい。俺は構わないから」
「すみません……ではお借りします」
オリビアはそう言うと、俺のコートに袖を通した。
彼女は俺よりも身長が小さいためコートがぶかぶかであり、下は地面を擦りそうな勢いであった。
そのまま俺たちは庭の中心に人工的に作られた運河のそばを歩く。
「オリビア」
「はい、なんでしょうか?」
「この前のダンスパーティーはその、すまなかったな……」
「いえ、全然構わないですよ。それよりもグレース陛下のほうが心配です。無事に治ればよいのですが……」
オリビアは今はこうしてイレーネ島でメイドをやっているが、その前はルクスタントの王城でメイドとして働いていたため、カツテの主人であったグレースの状態を非常に気にかけていた。
俺も気にはなるがこの問題は彼女自身が解決する必要があるので、俺にできることはない。
できることと言えば、定期的に送られてくることが決まったベアトリーチェからの手紙を読むぐらいであった。
ベアトリーチェもグレースを心配しており、彼女の実体験を元にいろいろとサポートしてくれるようだ。
少しずつ男性に慣れる訓練も始めるとのことなので、なんとかグレースには頑張ってほしい。
あんなことだけで彼女の人生を台無しにするわけにはいかないからな。
そんな問題の元凶であるロイドであったが、彼は国民のさらし者にされた後、旧国境沿いの前哨基地の塔に押し込まれることとなっていた。
そのせいで彼はどこに行くことも出来ず、ただ無駄な時間を過ごすだけであった。
一部からは死刑にしろという声も出てきたが、流石に王族を死刑にするとメンツが立たないため、代わりにロイドを幽閉という手段を現ゼーブリック王国の国王のオラニア大公は選んだ。
彼自身はグレースに謝罪の手紙を送ったらしいが、国内ではゼーブリック王国に対する視線は冷たい。
三冠王国内部には早くも亀裂が入っていた。
「それでだ。あのダンスパーティーのとき、グレースがやってきたせいでオリビアとは踊れなかっただろう?」
「えぇ、そうですね。でもあれは仕方がなかったですので。気にはしていませんよ」
「確かにあの時は仕方がなかったかもしれない。だが一度踊ると約束した以上はそれを果たさねばならないというものだ。……オリビア、今から2人だけで踊らないか?」
「!!〜〜はいっ!」
月明かりの下、中庭で俺たちは誰にも見られずにゆっくりと踊る。
音楽はないけれども、俺たちの足取りはキチンそそろっていた。
少し嬉しそうな顔をしているオリビアの胸元で、俺のあげたブローチが月光を受けてキラキラと光っていた。